19 道程
夜になっても騒がしい森の、比較的大きな木の上にロリンとクーガはいた。
国に近づいているはずなのに木々はむしろその高さと大きさを増していき、二人がいるところも一〇メートル以上地上から離れていると思われる太い枝の上だった。
野営といわれたロリンはテントか何かを建てたり火をおこしたりするのかと思いきや、ただ木の上で休むだけだった。
そもそもクーガは何ももってはおらず、良く考えればわかることだったのだが。
「少し待っていろ、晩飯を狩って来る。なに、お主のほうが強かろうが、私のほうが狩はうまいだろうよ」
野営はここでする、と言ってからすぐにクーガはそう言い残し飛び降りていった。
「あ」
ロリンが、あ、そういえばアイテムボックスに素材としてのモンスターの肉なら入ってるんだけど、と言い出す間もなかった。
しかしクーガは、もしかして逃げられた、と疑うほどの時間もかけずに最近朝晩と食べていた骨付き生肉を持って帰ってきた。
「どうだ、早かったろう?」
得意げに笑う猫男に、ロリンも素直に感心したので笑って返した。
「はい、流石一つの牙ですね」
「ぬぅ…」
そんなに率直にほめられるとは思っていなかったのか、クーガは照れたように目をそらして首の後ろをかいた。
木の上で足をぶらぶらさせながら、ロリンは肉を食べた。クーガは胡坐をかいた。
「そういえば、お主は王と話し合って、何を要求するつもりなのだ?」
肉を喰らいながら、クーガがぽつりと言った。
そういえば結局何も説明してなかったな、と思いながらロリンは答えた。
「隠れ里をそっとしておいてくれたらそれだけでいいです」
実際、言おうとして言えなかったが臣民等級制度がどうとか言う気はないのだ。そもそもロリンは見知らぬ人も全員幸せにしたいと考えるほど子供ではなかったしそれが出来るとも考えていなかった。ロリンが王と話し合いに行くのは一つの単純な理由からなのだ。
「うむ…あい分かった。だがお主は人間であろう?何故彼らに味方するのだ?情が移るほど長くいたのか?それとも命でも助けられたか?」
その理由を知らないクーガは、真剣な瞳でロリンにたずねた。
気になる、と言うよりも確かめたかったのだ。人間はみな狡猾で残酷という教えをクーガは頭から信じてはいなかったが、たった一〇〇年ほど前に虐殺を行った種族のものが、どんなわけで力を貸そうとしているのかを。
ロリンの答えは、簡潔にして一つの真実を捉えていた。
「世話になったのは一昨日からですし、命どうこうは、どっこいどっこいですね。理由なんてただ、シャロが好きだからですよ。獣人全体のことなんて分からないですけど、びし…友達には笑っていてほしいじゃないですか」
しかしいまいち決め切れなかった。危うく美少女には笑顔が似合うとか口走りそうになっていた。だが、言ったことは偽らざる本音であった。シャロが好きだから救いたい。エゴと言われるような、それだけなのである。
そんなロリンの回答の違和感には気づかずに、クーガは非常に納得した様子で笑ってうなずいていた。
「うむ、そうか友達か。あやつの娘も、幸せになれるようだな」
クーガは、本当にうれしそうだとロリンは思った。猫の顔をしているので精確には感情を読み取れないが、それでも分かるくらいにはうれしそうだった。
ロリンはクーガとユームの関係が非常に気になったが、ちょうど二人とも肉を食べ終わってしまった。
二人で野営をするということは、交代でどちらかが見張りをするということである。
木の上という襲われにくい場所ではあるが、クーガ曰く樹上を住処とする魔獣もいると言う。最近はあまり見ないが、と付け加えられたが。
実のところロリン一人ならば見張りはいらなかった。隠密系のスキルを全開にしていれば、木の下で大の字になって寝ても無事に朝を迎えられるからだ。
しかし道案内のクーガがいるのでそういうわけにもいかず、さりとて不満も言わずにロリンは従った。
最初の見張りはクーガが申し出たので、ロリンはお言葉に甘えて寝ることにした。
それなりに広くはあるが、一歩間違えればまっさかさまの枝の上で寝られるのか、という心配をよそにロリンはすぐに意識を夢へと旅立たせた。
しばらくして、体を揺さぶられロリンは目を覚ました。
「ふあぁ~後一時間…」
「ぬう…それは厳しい」
「あ、大丈夫ですおきますおきます」
ロリンを起こすと、クーガはすぐに寝に入った。
寝ぼける頭を首を振って回復させ、森を見た。
森はまだ暗闇の中で、ロリンには今が何時なのかは全く分からなかった。
が、アイテムボックスの中に時計が入っていたのを異世界四日目にしてようやく思い出した。
アイテムボックスの中から、大きな懐中時計を抱いた兎型の目覚まし時計を取り出して時間を確認した。
時刻は午前三時ごろ。日の出、即ち起床まで三時間ないくらいというところであった。
そもそも一日が二十四時間なのかもロリンには分からなかったが、もし二十四時間で、時計にずれがないのだとしたら、クーガは半分以上見張りを受け持ったことになる。
暗くなってすぐにご飯を食べて、寝る、という段取りだったので遅くとも九時前には寝ていただろうから。
既に寝息を立てているクーガを見てロリンは、こいつなら数年前もっとうまく出来たんじゃないか、と無意味な考えをやめられなかった。
探知スキルの圏内に多少オークと思われる影が映ることはあったが、何もなく二人は朝を迎えた。
日の出を迎えると同時に、クーガは起こされるまでもなく起きた。
日の出は大体六時になる前で、時計はなぜだか異世界基準になっているようだった。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
三時間ないくらいしか寝ていないはずなのに、クーガは全く眠そうに見えなかった。
ロリンは少し心配になって聞いた。
「あの、わたしのために長く見張りをしてくれたんじゃ」
「いや、そんなことはない。私は睡眠がほとんどいらん体なのだ。比べてお主は人間で子供であろう。当然の采配というものだ」
クーガは無表情で返した。が、手は首の後ろをかいていた。
ロリンは、そんなクーガの様子を見て
「ん?」
胸に手を当てて首をかしげた。
その後でほっぺに両手を当て、再び首をかしげた。
昨日どこぞに隠していたと言う肉の残りを朝食べ、二人は再び枝の上を駆け出した。
一度川によって交代で身を清めたり水分を補給したりとした後、日が頭上の真上に達する前に、クーガが木の上から下りるよういった。
「ここから先は、国の領地だ。地を行くぞ」
「はい」
そこから二人は猛烈な勢いで地を走った。木の上とは比べ物にならないスピードで、最初からこうすればよかったんじゃないのとロリンは思ったが、魔獣関係で何かあるんだろうと察して何も言わなかった。
やはりと言うかなんと言うか、里と同じく壁や柵のような領地を定めるものはなかった。つまりどこから森でどこから国なのか分からなかった。
しばらくするとちらほらと里にあった家を大きくしたような家や、獣人の姿が見えた。
獣人たちはクーガの姿を見て驚き喜んでいたが、人間のロリンのことは気にならないようだった。
それもそのはず、一応ロリンは人間だとすぐにはばれないように、羽根つき帽子というか羽根で出来た帽子をかぶっていた。
人間とは分からないがどこかの部族感がまして逆に目立つかと思いきや、民の目は憧れの的クーガに釘付けだった。
里と国で違うところをあげるとすれば、獣人の獣感が上がったことと、木が高いことと、あとはごく稀に地上にも建物があることくらいであった。
「地上にも建物を建てるんですね」
ロリンの呟きに、クーガはさらりと答えた。
「大きくなければならぬものもあるからな。服を織る工場や道場、闘技場などは樹上には建てられぬからな」
「闘技場?」
聞こえた不審な単語を聞き返したロリンの声は、クーガの続く声に消された。
「そろそろ中心街だ」
一日一話、がんばります。
誤字、脱字、言葉の誤用、おかしいところがあれば報告していただけるとうれしいです。
感想、評価、ブックマークをいただけると飛び跳ねて喜びます。




