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ウォッチ! ウォッチャー! ウォッチェスト!  作者: saco
最終章:水曜日の人
28/29

夜桜

 ――ミアとの距離はもう四、五歩といったところか。丹波陽介はおもむろに左腕に身に付けている時計に手を添える。

 事実、陽介は自分の勝利を確信していた。この一時停止ボタンを押してしまえばこの世界で身動きできるのは自分だけ。あとは煮るなり焼くなり好きにさせてもらおう。

 陽介はいつものように微笑みながらボタンを押した――


 ――押したのに。

 押した次の瞬間、なぜ俺はアスファルトに頬を擦りつけているのか。到底彼には理解出来なかった。



       ◆



「なあ大哉、これは別にどうでもいい話なんじゃが――」

 四月十九日――大月家からの帰り道の間でミアがふと話し始めた。

「なんだよ」

 俺はミアに着せてやったボロ切れ同然のブレザーに胸を痛めながら耳を傾ける。

「お前に言っても特に支障はないと思うから言うんじゃがな、実はこの時間時計には優先順位というものがあるんじゃ」

 うーさぶ、と言いながらミアは俺に時間時計を見せる。見た感じよく分からない。というか比較対象を見たことがないから分かるわけがない。

 俺は適当に相槌を打ちながら続きに耳を傾ける。

「というのも、私たち時空警察は時間移動を悪用している連中を取り締まるための組織じゃ。ということはその手の犯罪者は必然的に時間時計を持っているということになる。そんな連中対策で、私たちの持つ時間時計は特別なんじゃ」

「そうすることで捕まえやすくするわけか」

 ミア曰く、時間犯罪者と対峙した際、向こうは逃げるために時間を止めるなりしてその場を脱しようとするのだが時空Gメンにそれは通用しないのだという。犯罪者が止めた時間の中でも動くことが出来るらしい。つまりそれは時空Gメンが時間を止めたら犯罪者側は動くことが出来ないということになる。なんだこれ、チートじゃねえか。逆に犯罪者が可哀想になってきた。最初から勝てないことが分かっているなら犯罪なんぞに手を染めなければいいものを。

 でも、例えばもともと時空Gメンに勤めていた奴が時間犯罪に手を染めた場合はどうなるのか。そんな質問をしようとしたところで我が家へ着いてしまった。

「まあ、私のはそれ以上に特別仕様なんじゃがな」

 家に入る際、憎めない悪ガキのような愛嬌のある笑みでミアはそんなことを言った。



       ◇



 なんだ? 一体何が起こったんだ? あの勢いでミアは陽介に向かって飛び込んだ。それなりの衝突音や声がしてもおかしくはないのに。陽介は今ではあのようにミアによって組み伏せられている。それはまさに時間を超越したような――

 俺は困惑しつつもうつ伏せになった陽介の背中であぐらをかいているミアに駆け寄る。だから女の子がスカートであぐらをかくものじゃないって何度言えば。

「――あぁもしもし? 私じゃ、対象を確保した。そう、何年も前から行方をくらましていたウチの社員じゃ。場所は二〇一一年――」

 ミアは誰かと電話をしていた。そんなミアを一瞥したあと、陽介に視線を落とす。

「……どうして……っ!」

 その苦悶の表情から明らかに納得がいっていないことが分かる。まあ確かに、こんな幼女然とした奴に組み伏せられるなんて屈辱以外の何物でもないよな。

 ……別にそういう理由で悔しがっているわけではないようだ。

「俺はちゃんとボタンを押したのに! きっとお前も俺と同じ社員なんだろ? ってことはこの時計のスペックは同じ。あとは先に押した方が優先順位を得る。……俺は確実に先に押した! なのに……なのにっ……!」

 苦虫を噛み潰した顔とはこういう顔を言うのだろう。陽介は終始異議を唱えていた。

「――うむ、じゃああとは頼んだぞ。……ふぅ」

 すると電話を終えたミアは一つ息を吐いた。

「……眼鏡よ、こんな話を聞いたことはないか。時間時計には時空Gメンのものよりさらに上のものがあると」

「何を急に……そんなこと今話したところで何の意味が――」

「で、聞いたことあるのか、ないのか?」

「……時空Gメンの中でも限られた一部の人間が持つことを許されるらしい特別仕様の時間時計があるってことは聞いたことがある。でも俺たちの中では都市伝説として扱われていた」

 ふてくされたように陽介は答える。

「都市伝説か。確かに長いこと現場に出ていなければそう言われてもおかしくないなぁ」

 ミアは肩をすくませながらそんなことを言う。なんだ、まるで自分が都市伝説みたいに。

「で、それがどうかしたのか」

「なんじゃ、ここまで話しておいてまだ気づかないのか。もっと切れる奴かと思ったのに残念じゃ」

「何を言って――」

 陽介の言葉が途中で止まる。その原因はミアの見せた一枚のカードだった。

「え……? え……?」

 頬を引っぱたかれたような表情の陽介はしきりに視線をカードに向けたりミアに向けたり忙しそうだ。

 何にそんな驚いているんだ。俺はミアからカードをかっさらう。

「あぁっ! なんじゃなんじゃ! 泥棒が! 泥棒がここにいるぞ!」

「ちょっ……おいっ……! 俺の上で暴れるなっ……!」

 ミアは俺からカードを奪われたことに猛然と抗議している。その抗議の被害を陽介がモロに受けて一人むせていた。路上でなんだこの光景は。お巡りさんが来ないことを願いたい。

「いいじゃんか減るもんじゃないし。どれどれ……」

 そんな二人を尻目に俺はカードに目を通す。

 ミアの名前、生年月日、そして第一級時空捜査官の文字――なんだ、前に夢の中で見た免許証みたいなやつじゃないか。ちょっと拍子抜けだ。

「なんだこれかよー、これがどうかしたのか?」

 俺はぷらぷらとカードを振り回しながら嘆息する。

「ダイヤ、お前という男は……」

 そんな俺を更に大きな嘆息で返してくる陽介。

「な、なんだよ……」

「よく見てみ。一番上になんて書いてある?」

「え? 第一級時空捜査官だろ? それがどうかしたのかよ」

「……ええと――そうか。確かにお前は未来の人間じゃないからその辺の知識が無くて当たり前だ。俺の説明不足だった。すまん」

 いや謝られても困るんだけど。しかもそんな体勢で。

「つまり、そこに書いてある第一級時空捜査官ていうのは、世界で定める私設時空警察の中でも最高峰の総監という職でなければなれない。通称ウォッチェストとも言う」

「ほうほう。んでそのウォッチェストってのはどれくらいいるんだ?」

「ヨーロッパに二人、アジアに二人、北米と南米に一人ずつ、アフリカに一人だから……七人だったか」

「そうか七人か……七!? 少なっっ!!」

「つまるところ、第一級時空捜査官は――」

「七人しか……いない」

 そのうちの一人がこの小生意気な少女だというのか。

「そう。でもまあ俺の知ってる総監は違うけどな」

「……そうか、陽介はミアの時代の人間じゃないのか」

「ああ、しかしこんなもの見せられたら反抗する気にもならなくなる。時間時計のスペックもずば抜けて高いに決まってるし……」

 陽介は視線をずらして言う。おそらく観念したのだろう。

「この数年、なかなかスリリングな時間だった」

「お前のそのスリリングに付き合わされた『丹波陽介くん』はどういう気分なんじゃろうな」

「……」

「とにかく、お前はこれから自分のしてきたことをしっかり振り返って、お偉いさん達にしっかりと絞られてこい」

「お前もそのお偉いさんだろ」

 それも最高峰の。

「私はいいんじゃ。そういうのめんどくさいし」

「とんでもないクソ総監だな……」

「あぁ! クソって! 眼鏡よ聞いたか! 今この男は私に向かってクソと言ったぞ! 暴言だ! 年上の私に対してクソなどと……!」

 キレるとこそこかよ。

 ミアのクソガキっぷりに俺と陽介が苦笑していると、

「――む? 来たか」

 ついさっきまでの涙目が一転、ミアは威厳のある表情に戻った。そして次の瞬間。つい一秒前までは誰もいなかった空間に二人の男が姿を現したのだ。二人とも同じ黒のスーツに身を纏い、左胸に小さなバッチを付けている。

「ウォッチェスト、お疲れ様です」

 男たちが足をしっかりと閉じ四十五度に腰を曲げる。俺から見ても完璧なおじぎだった。

「うむご苦労。じゃがお前たちの上司は私ではなくお前たちの時代の総監じゃ。そう固くなることもないじゃろう」

「お心遣い感謝します。――それで、私たちは何をすれば?」

「とりあえず私の下にいるこいつをお前たちの時代へ帰してやってくれ。これは私の管轄外の時代じゃ」

 ――え? 

「了解しました――さあ、立つんだ」

 ――ちょっと待ってくれ。

「な、なあ! 陽介をどうするつもりなんだよ!」

 俺は淡々と話を進めるミアのもとへ駆け寄る。

「なんじゃ、だから言ってるじゃろう。もとの時代へ帰すって」

 言っていた。確かにそう言っていたけども。

 言われてみれば当然か。こいつは自分の私利私欲のためになんの罪もない人間を消し去り、そこに自分が居座っている。これはどの目から見ても人間的に逸脱した行為であり、然るべき罰を受けなければならないだろう。そんなこと分かっていたのに。どうして俺は今まで通り呑気におしゃべりをしていたのだろうか。

「……陽介! 陽介はそれでいいのかよ!? 俺たち小さい頃からの幼馴染だろ! お前はなんとも思わないのかよ!」

 小学校一年生の頃、朝いつも同じ時間に信号待ちをしていたお前を、文子が一緒に学校に行こうと誘ってから始まった俺たち三人の関係。ぎこちなくはにかむお前の姿を今でもよく覚えている。

 時間が合えば何をするときでも一緒だった。昼飯の時間、帰り道、修学旅行の班別行動――。お前が未来から来たなんて信じられるわけもないし、信じたくもない。

 俺たち三人が過ごしたこの八年間は陽介、お前にとっては茶番に過ぎなかったのか?

 陽介は男に助けられ潔く立ち上がる。余裕があるのか無いのか、彼のその淡白な表情から窺うことは出来なかった。

「もともとはダイヤに近づければそれでいいって思ってたからな。仕方のないことだ」

「文子には……文子には何て言えばいいんだよ!」

 その言葉に陽介の動きが止まる。

「……大丈夫だ。その辺は時間の操作で丹波陽介という人間がいたという記録を消すことでどうにでもなる」

「なんなんだよそれ……文子に忘れられてもいいのかよ!」

「……っ」

「いいわけないだろ……。俺はお前がそれでいいだなんて考えるわけがないって知ってるし、文子もそうに決まってる」

 訪れる沈黙。そんな俺たちのやり取りにミアは何も喋らず目を瞑っていた。

「――八年か。少々やりすぎたな」

 はじめに口を開いたのは陽介だった。バツが悪そうに肩をすくめて話し始める。

「さっきも言っただろ? ダイヤを近くで観察出来ればそれで良かったんだ……最初は当たらず触らず、登校中のお前の少し後ろを歩くぐらいの関係でいこうと思ったのに。だがそういうわけにもいかなくなった。文子に声をかけられてからな。――分かるだろ? 楽しくなっちゃったんだよ。お前たちと駄弁ることが」

 その自嘲が込められた口調に俺はどう反応していいのか分からなかった。

「これ以上この世界に情が移ってはそのうち絶対に痛い目を見ると思ってな、ダイヤと文子以外の人間とは極力関わらないようにしたんだ」

「あの口下手は演技だったのか……」

「……それが余計に俺を混乱させた。外との繋がりを拒もうとすると、内の繋がりがより一層強くなってしまう」

「陽介、それって――」

「ダイヤ……文子とは仲良くやってるか?」

 俺の言葉を遮って陽介は俺に尋ねる。

「まあ、ぼちぼち……」

「あいつをあまり困らせるなよ。そろそろ気づいてやれ」

「……?」

「ふっ……お前らしいというか……俺はそんなお前にイライラしていたのかもしれない」

「ちょっと……途中から意味分かんねえんだけど」

「……時間じゃ」

 ミアが目を開き俺を見据える。陽介はその言葉にすっと視線を落として背を向けた。

 本当にこれで終わりなのか? 

「おいミア! お前偉いんだろ!? どうにかならないのかよ!?」

「……ならん。こういう事件は別に特別でもなんでもない。日常的なごくごくありふれた事件なんじゃよ。内輪の感情だけでほいほいと特例を認めていたらキリがない」

 ミアの言葉は余りにも痛烈で、まさに正論で。

「……なあ陽介、もう一度聞かせてくれ!」

「……なんだ?」

 陽介がもう一度振り向く。多分こいつの顔を見ることが出来るのもこれで最後だろう。

「お前が水曜日の人……なんだよな?」

「ああ。世間が言うところのそれだ」

「つまり、もう今後は水曜日には何も起こらないと」

「だと思う――あ、でもそうでもないか」

「……え?」

 念を押して聞いたつもりだったのだが、予想外の返答に耳を疑った。その言葉にミアも少なからず反応しているようだった。

「そうでもないって……」

「知らないか? 全身黒ずくめでフルフェイスヘルメットを被った人の話」

「そりゃあ知ってるけど、それもお前だったんだろ?」

「時間を止めたり出来る俺がわざわざそんな面倒くさい格好するとでも?」

「…………ということは――」

「だから言ってるだろ。そいつと俺は別人だ。」

「……」

「じゃあなダイヤ。本当に楽しい八年間だった」

 陽介はその言葉を最後に男たちに連行されていった。なんの前触れも無く消えていったその様は、もともと丹波陽介なんて人間がこの世にいなかったのではないかと思ってしまうほどあっさりとしたものだった。


 閑静な住宅街はすっかり夜になってしまった。辺りの街灯が寂しく俺たちを照らす。

「……なあ、陽介はどうなるんだ?」

「さあね。約一人の人間を消しているわけだからそれなりに重い判決になるとは思う」

「そうか」

「なんじゃ? 心配なのか?」

「当たり前だろ、そりゃあ仮にも幼馴染だったんだ。心配にならないわけがない」

「……ごめん」

「なんか言ったか?」

「……いや、なんでもない――とにかく、一件落着じゃ。荷物は教室に置きっぱなしだし、学校に戻るとしよう」

「あぁ、そういえばそうだったな。多分部活やってるとこあるだろうからまだ空いてると思うけど。じゃあ行くか」

 そう言って俺たちは来た道を引き返す。

俺は歩きながらもう一度後ろを振り返る。そこにはもう誰もいなかった。


 何か一仕事を終えて疲れているのか、車のヘッドライトやらテールライトやらがいつになく幻想的に感じる。

 俺の足取りに合わせ小走りでついてくるミアの方を向く。こんな年端もいかぬ少女がチームのトップとして活躍している。今回もそうだった。それなのに俺は終始ミアと陽介の戦いを見ているだけで――。ミアがウォッチェストなら、さしずめ俺はただのウォッチャーと言ったところか。

「ええとさ」

「なんじゃ?」

 ミアはいつも通りくりっとした目で俺を見上げる。

「……今回は、ありがとうな。なんか色々足引っ張っぱっちまったみたいだけど、文子を助けてくれて俺自身も助けられた」

 今回は素直に礼を言っておこう。一回くらいこいつに優しくしてやってもバチは当たらないだろう。

 ミアは俺からまさかそんな言葉が来るとは思っていなかったらしく、視線を斜め下に落とした。

「そんな……私は何も……だってあの眼鏡を刑務所送りにしてしまったし……」

「仕方ないだろそんなこと。お前の一存で決められるほど甘くないもんな。あの時は俺も気が動転しててさ、無茶を言って悪かった。とにかく今までの全てをひっくるめて、ありがとう」

「……っ」

 その言葉にミアは顔を上げ、長いことキョトンとしていた。そしてまた下を向いたかと思うと今度はスタスタと俺を追い越しだす。もう少し調子に乗った態度を取るかと思ったのだがこれは少し意外だ。というか行動の意図が読めない。

 ミアはもう五メートルほど先を歩いている。俺がなんなんだと声を掛けようとした時、

「……ん?」

 ミアが足を止め、こちらを振り返った。それに釣られて俺も足を止めてしまう。

「なんだよ」

 国道を多くの車が猛スピードで駆け抜けていく。それで起きた風が、ミアの鮮やかな髪の毛を揺らす。その様子はさながら闇の中で舞う桜吹雪だ。

「……」

「……」

 向こうから止まっておいて何も喋らないとは、俺だって何も喋れなくなってしまう。

 かれこれ一分くらいこの状態が続いた時、ミアが今度は小刻みに震え出した。行動に脈絡がなさすぎる。

「…………を許す!」

 すると口が大きく動いたのが分かった。

 ミアは何かを叫んだようだが、丁度大型トラックが通り過ぎたためよく聞き取れなかった。

「~~~~!」

 すると固く握りこぶしを作り俺に向かってずんずんと歩いてくる。

 そして目の前で立ち止まる。……近い。二人の感覚はビー玉三個分くらいしか空いていなかった。不思議な甘い香りが鼻をくすぐる。

 俺は喉を鳴らす。何かの期待とかそういうのではない。これから何が起こるか本当に分からないのだ。

 ずっと小走りだったせいか、ミアの顔の血色はすこぶる良かった。むしろ赤すぎるくらいだ。俺がミアとのこの距離感にたじろいで目線を逸らすと、

「貴様の袖を掴ませることを許す!」

 ミアはつま先立ちになってそんなことを言った。

「…………はい? そでぇ?」

 貴様の? 袖を? 掴ませることを? 許す? ……待て待て。頭が爆発しそうだ。これは日本語としてどうなんだ?

「待て。意味が分からない。いろんな意味で」

「――ああもう! とにかく! 私がお前の袖を掴ませることを許すと言ったのだからそう従うんじゃ! これは第一級時空捜査官、ウォッチェストである総監命令じゃ!」

「いや命令と言われてもな……」

 職権乱用以前に言葉として成り立っていない気がするので俺は何も言うことが出来ない。

「……なんかよく分かんねえけど、お前の好きにしろよ。で、俺はどうすればいいんだ?」

「そ、そうか! では早速――」

 ミアは安堵の表情で俺の左隣に体を移動する。

 そうして右手で俺のブレザーの袖の端をちょこんと掴んだ。

「……ええと」

 これがなんだって言うんだ。

「ほれ、何をぐずぐずしている。さっさと歩くのじゃ」

 釈然としないまま俺は歩き出す。ミアが袖を掴んでいるため今度は俺がミアの歩幅に合わせるような感じになっている。犬か俺は。

 世界がスローモーションで動いているみたいだ。逆か。俺がスローモーションで歩いているだけか。

 ミアはしきりににやにやと頬を緩ませている。よく分からないが機嫌がいいことは確かだ。

 ところでこいつはいつまで俺の家に住み続けるつもりなのだろう。母さんが帰ってくるまであと五日くらいしかないからそれまでにはなんとかしなければ。他にも色々と――

 ……いや、その時考えよう。なんだか考えるのも面倒くさい。自分でも不思議だが、俺は今、こうやってちびっ子に袖を掴まれていることや、このちびっ子のバリエーション豊かな表情が嫌いではない。その証拠に、俺の頬も緩んでいる。今は何も考えずにこのフワフワとした空気に身を任せよう。

 俺たちはゆっくりと歩く。この時間がいつまでも続けばいいと願うように。教室までの時間は、特に何か言葉を交わすわけではなかったが、すごく楽しかった。





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