ミア、頭に来る
「なん……だと……?」
ガラクタで埋めつくされていた部屋の床が突然抜けて何も無くなってしまったような感覚――俺は頭の中が空っぽになってしまった。
こいつは今なんと言った? 「大月美小夜には悪いことをした」? なに馬鹿げたことを言ってやがる。
……やめよう。現実逃避はこれくらいにしておく。
なんとなく俺でも分かる。今思えば有り得ないことだったんだ。未来から来た大月美小夜が普通に家庭の中に入って日常生活を送っていることが。
「お前は……誰だ」
声を低くして尋ねる。
「……言う必要あるか?」
頬杖を付きながら上目遣いで俺を眺めるその姿は、自らの手で人間一人をこの世から抹消していることなど他人事のようだ。余裕綽々とはこのことか。
そうしてけだるそうに石垣から立ち上がり服に付いたゴミを払う。俺の夢の中を通してとか、今の俺にはそんな話など完全にどうでもよくなっていた。
「ま、その様子だとこれ以上の話は頭に入らなそうだし、今日はこれくらいで失礼させてもらおう。また学校で会おうか」
「っ……」
返す言葉がなかった。脳味噌が熱い。俺は怒りで視界が狭くなったその先で、律動的に歩くその背中を睨みつける。悔しいが俺に出来ることと言えばそれくらいだった。
このままでは何も変わらない。文子を助けることが出来たのはいいが、またいつ襲われるか分かったものではない。しかし俺には何もすることが出来ない。
どうにかしたい、でもどうすることも出来ない――そんな言葉が俺の頭の中で加速度をつけて延々と回っている。
そんな時だった。
「…………あっ……たまきたああああああああああああああああああ!」
耳をつんざくハイトーンボイス。俺は思わず耳を塞ぎその場にかがんでしまった。
「ミ、ミア、ちょっと落ち着――」
「黙って聞いていれば年下の分際で……あんのガキぃ……切れたぞぉ……私は今、堪忍袋の緒が焼き切れたぞおおおお!」
ミアは完全に周りが見えなくなっていた。まるでおもちゃ売り場で欲しいものを買ってもらえず癇癪を起こしている子どものように。
「おい大哉!」
「は、はいぃ!」
容姿、声質こそ子どもっぽいがミアのあまりの勢いに思わず背筋が伸びる。
「私は我慢がならなくなったのであんにゃろうをひっとらえる」
さっき叫んでたから知ってます。
見ればミアの怒号に二十メートルほど先を歩く影が思わず足を止めこちらを振り向いていた。
「――びっくりしたー、どうしたんだ一体。急に大声なんて出して」
遠くでいまいち見えないが眉をひそめたのが分かった。笑っているのか、それとも怒っているのか分かりにくい表情だ。
「聞こえなかったのか? 私はお前を思いっきり捕まえる」
思いっきりってなんだよ。
すると水曜日の人は嘲笑しながら俺たちのもとに戻ってきた。
「はっ……今の井戸端会議でお前はなにを聞いていたんだ? あまり何度も説明させないで欲しいな」
その苛立った口調にミアの語気も更に強まる。
「聞いていたとも。お前が一体どんな悪事を働いていたかも大体察しがついた」
「それで?」
「決まっているじゃろう。時間法第五条三項によって貴様を『C級時犯』とみなし、思いっきりとっ捕まえる」
「え……」
「――行くぞっ!」
向こうは僅かに動揺の色を見せたがミアはそんなことお構いなしに盛大にアスファルトを蹴った。
みるみるうちに二人の距離は縮まっていく。
「……せっかちな。……分かった、そんなに捕まえてみたければやってみろ――!」
水曜日の人は後ろの腰に収めていた小刀を抜き出し構える。もう日も落ちかけている。そろそろ街灯がちらほらと明かりを灯し出す頃だろう。
小刀が今まさに落ちようとする夕日の光を反射する。
その光が目に入り俺は一瞬目が眩んだ。二人が交錯したのはそれとほぼ同時だった。
決着にそう時間は掛からなかった――いや、時間など一秒も掛かっていない。
二人が交錯したと思ったその刹那、俺の目に写り込んだのは、ミアに組み伏せられている水曜日の人の姿だったのだから。




