阻止
「おう……分かった、ありがとな。じゃあ安静にしてろよ……んじゃ」
俺は通話を終え携帯を机に置く。
「どうだった?」
それと同時に陽介が尋ねてきた。
「え? あぁそうか。ええとな、分かりにくかったら悪いんだけど――」
俺は文子との電話の内容を話した。文子が本当にナイフで切られたこと。命に別状はないこと。そしてもう外には出たくないこと。
「――そうか」
俺の話を聞き終えると陽介は手を組み大きく溜息をついた。
「どうしたものか……」
こんなに参っている陽介を見たのは初めてかもしれない。
「そんなに深刻になるなよ。それでもあいつ元気そうだったからさ。病んでるよりは全然マシだろ」
「まぁ、そうか……そういえばお前、この学校に犯人がいるだとかなんとか言ってたよな」
「ああ、その話なんだけどな……」
俺は陽介に顔を近づけるように促す。こんな話、デカイ声で話していたら学校中の噂になってしまう。
「……お前も聞きたいのか」
俺と陽介の間からひょっこりとピンクの頭が飛び出してきた。
「さっきから私だけ仲間はずれにされてる気がするからな。私も仲間に入れろ」
「分かったよ。まずだな――」
昼休み、教室の一画で三人寄り添って何かしていることに不審に感じなかった生徒はいないだろう。
「まず、犯人は本当にこの学校にいる。容姿は……文子は自分が刺されてしまったことに気が動転したせいか記憶が曖昧らしい。ただウチの制服を着てたということは確かみたいだ」
「なっ!? この学校だと!?」
「ばっ……! 大声出すなよ!」
驚く陽介に咄嗟に注意をする。辺りを確認して誰も聞いていなかったと一安心。
「スカートかズボンくらいは分からないのか?」
「俺も聞いてみたんだけどさ、どっちを聞いても『そういえばそうだったような………』って感じで信頼に欠けるんだよ」
「ふむ……」
「あと時間帯は例のメルマガを確認してる時にやられたそうだから、午後五時でまず間違いないだろう」
例のメルマガとは文子が取っているアニメの時間帯を教えてくれる超絶便利なやつ(文子談)だ。
陽介は顎に手を当て考える。だが考える必要はない。俺には文子から犯人の特徴を聞いたその時から思い当たる節があったから。
「陽介、悪いんだけどこの犯人探しは俺とミアに任せてくれないか」
言われて目を見開く陽介。
「え、なんだ急に。それこそ仲間はずれじゃないか。それとも何か、犯人はもう分かってるって言うのか?」
「確信は無いけど、目星は付いてる」
「え……なんだと! なら早く捕まえに行くぞ!」
俺は立ち上がる陽介を両手で制する。
「待て待て。まだ犯人かさえもよく分かっていない奴に突然、お前が文子をやったのか! なんて言いがかりは付けられないだろ。落ち着けって、ちょっとお前らしくないぞ」
「……すまん」
言われると陽介はしょんぼりと着席した。ここまでイライラしている陽介は見たことがない。それほど今回の事件はこいつにとってショックだったのだろう。
「……じゃあお前はどうするつもりなんだよ」
少しの沈黙の後、陽介が俺に尋ねた。
「現行犯逮捕」
警察じゃないから逮捕は出来ないけどな、という俺の付け足しはどうでもよかったようで、陽介は俺に食ってかかる。
「現行犯って……てことは、もう一人誰か被害に遭って貰わなきゃいけないってことだぞ」
「被害に遭う前に捕まえればいいじゃんか」
「そんなこと出来るか分かったもんじゃない。もしタイミングが遅れて、最悪その人が死んでしまったなんてことになったら取り返しがつかないぞ。それとお前も命の危険がある」
そういや文子にも似たようなことを言われたなと苦笑する。
「大丈夫だから。もうこれ以上被害者は出ないし、文子も何事もなかったようになる」
「……は? 文子はもう昨日こうやってやられてるじゃ――」
「おい、行くぞ」
「……む? 私か――おうぅ!?」
俺は陽介の言葉を最後まで聞かず、ぽかんと口を半開きにしていたミアの手を取る。
「悪い陽介、そういうわけだから、行ってくるわ」
「ち、ちょっと待て大哉!」
そう言って俺とミアは教室から飛び出した。
……どうでもいいが、そんな俺たちに置いていかれて一人うなだれる陽介の姿は、その場にいた女子たちの心を全てかっさらっていったという。
◇
俺とミアは昼休みの生徒たちで賑わう廊下を駆け抜ける。
「ちょ、ちょっと大哉、どこへ行くつもりじゃ!」
ミアは俺に強引に手を引かれてひいひい言いながら走っている。
言われて振り向いた俺はミアと手を繋いでいることに気がつきぶっきらぼうに手を離して急ブレーキ。
「――ぶふぉっ!」
突然止まった俺の背中にミアが反応出来ず激突した。
「……こうやって急いでも仕方がないな……歩くか」
C棟へと繋がる渡り廊下を呼吸を整えながら歩く。
「うぅ……突然走り出したり止まったり……一体どこへ行こうとしてるんじゃ」
赤くなった鼻をさすりながらミアは訊いた。
「とにかく人気のないところだ」
「人気の……まさか私のような美少女と二人っきりになってアレやコレやと……!」
鼻の次は顔を真っ赤にして後ずさる。
「どんな勘違いだよ……」
俺は後頭部を掻きながら顔をしかめた。
「――とにかく! お前を呼んだのは他でもない、時空探検をしたいんだ」
「ほぇ? 時空探検なら放課後に美小夜と一緒にするはずじゃろ。なにをそんなに急いでいるのじゃ」
「急ぐというか、大月と一緒には出来ないんだよ」
ていうかさっきの話を聞いてちょっとくらいは把握していると思ったんだけど……信じた俺が馬鹿だったか……。
俺は辺りを見回し、屈みながらミアの耳に顔を近づける。体を震わせるな気持ち悪い。あと頬も染めるんじゃねえ。
「俺の推理では、水曜日の人、つまり文子を襲った犯人は大月なんじゃないかと思ってる」
「……え、えええ! 美小夜がぁ!? それじゃ色々とつじつまが合わないじゃろう!」
ミアからもっともな意見が返ってきた。そう。もしも俺の推理通り大月が犯人だったとしたら全くつじつまが合わない。そもそも昨日大月と会っている俺たちの口から彼女が犯人だという発言が出てくること自体おかしいのだ。
「だって犯行時刻は午後五時なのじゃろう? その時間と言えば――」
「ああ、俺たちが丁度裏帰宅部に行った時間と同じくらいだ」
「じゃろ?」
ミアは自信満々にふんぞり返る。確かに部室に入ろうとしたあの時、夕方五時の音楽が町に響いていたのを俺も覚えている。それを聞いたあとの部室には大月がニコニコとチェアに座っていた。アリバイは完璧と言える。
「お前だって分かっているはずじゃのに、なんでまた美小夜が犯人だなんて言うんじゃ」
「いや……」
そう言われて俺は戸惑う。実際のところ明確な証拠があるわけではない。ただなんとなく、大月がやったような気がして仕方がないのだ。
「とりあえず、今から俺の言うことは、さっき言った大月のアリバイに関しては無視して考えてくれ」
「うむ」
「まず、俺の口からあったように容姿は俺たちと同じ山王学園の制服に臙脂のネクタイを付けていた」
「うむ、らしいな」
ミアは腕を組みながら俺の話に耳を傾ける。
「…………ええ!? それだけか!? そんなの、ウチの学校の一年生、約三百人弱が容疑者だぞ!」
「まあそう騒ぐなよ。そこで昨日のことを思い出して欲しい」
俺はミアに人差し指を向けながら続ける。
「犯人の凶器はナイフだったって言ってたよな? 十九日の夜、大月家のクローゼットに隠れてる時、大月が引き出しから取り出したものを覚えてるか?」
そう言われてミアは固まる。
「……ナイフじゃった」
「そう、しかも水曜日がどうのって呟いてた。アリバイを抜きにして考えると俺の中では大月が最有力候補なんだよ」
「ちょっと情報が少なすぎる感が否めないが……ふむう。じゃが美小夜にはそのアリバイが完璧にあるからなぁ……あー分からーん!」
ミアは一人頭を抱えていた。
ミアには言っていないが、俺にはもう一つ、彼女を犯人だと感じる理由があった。笑顔である。
ミアに言ったら笑われること間違いなしだから言わないようにしているのだが、俺はあいつの気味の悪い笑顔を、昔どこかで見ている気がする。……かと言ってそれが直接理由になってはおかしい。大月の笑顔が不気味だから犯人だ、なんて言いがかりもいいところである。しかしそんな気がしてならない。……論理的でなくて申し訳ない。
「この辺でいいか」
そうしているうちに俺たちはC棟一階の階段裏にたどり着いた。
「で、時空探検をするために人が通りそうにない所を選んだわけじゃな」
「そういうことだ。行って欲しい時間は昨日の六限が終わった辺りで頼む」
「何を考えてるか知らんが、いいじゃろう」
◇
「ダイヤ、お前もう部活は決めたのか?」
「……」
「ダイヤ?」
「――あ、あぁここか! いや部活はまだ決めてないぞ! いや全く!」
「なんだよ一体。なに自信満々に言ってんだ」
「いや、気にすんな気にすんな!」
そう言いながら俺は教室を見回してみる。文子の姿はない。時間的には俺が文子にミアの弁当を明日も頼むと言って、意味も分からず走り去ってしまった後のようだ。
「よしミア、じゃあ行くか」
「うむ」
「じゃあな陽介、生徒会の仕事頑張れよ」
「お、おう……ん? ていうかなんでそれ知って――」
俺たちは陽介の言葉を最後まで聞くことなく教室を後にした。デジャヴ。




