大月美小夜
「「ただいまー」」
「はい、おかえり」
女の子がニコニコと俺たちを出迎える。なんだこの茶番……。
「うん、やっぱり挨拶はこうでなくては。改めまして、裏帰宅部へようこそ。私は部長の大月美小夜。お前たちの名前を聞こうか?」
茶番は茶番なのだが、こんな茶番が俺たちと彼女の距離を近づけたような気がして、部屋内の空気も幾分か和らいだことも事実である。これを予測しての茶番だったのならこの子、相当頭の回転が速いんじゃないかと思う。
女の子――大月美小夜と名乗る彼女はチェアから立ち上がり、腰まで伸びる長い黒髪を揺らしながら浅くお辞儀をする。その切れ長な目からかわいらしいというよりは美人、クールビューティと言ったほうが似合っているかもしれない。立ち姿で身長は女子にしては高い方だと感じた。俺が一七〇センチかそこらで目線が近いってことは文子なんかよりは遥かにでかい。モデルをやっていると聞かされても疑いの余地は全くないだろう。……ミアと比べるなんて以ての外だ。
「おい大哉。今私に対して何か失礼なことを考えなかったか?」
「……いや、別に」
ミアが訝しげに俺を睨む。女の勘は怖い。
「俺は市川大哉、新入生です」
「あ! 逸らした! 話逸らした!」
「いいからほらお前も早く言えよ」
「な、何がいいのじゃ……私はミアじゃ」
ぐぬぬと顔をしかめるも折れたのかおとなしく自己紹介をするミア。
「ありがとう。ところで市川君はどうして私に対して敬語なんだ?」
大月さんは俺に尋ねた。相変わらずニコニコと微笑んでいる。
「それは先輩だからですけど……」
「私がいつお前たちの先輩だなんて言ったんだ?」
「え」
一瞬思考が止まる。――この感覚はつい最近あったな。確か昨晩だった気がする。
「私、市川君と同じ一年生なんだけど」
「ええええええええええええええ!?」
うん、別に裏切られてはいないんだけど、なんだか弄ばれたような、酷く俺のメンタルを削ぐこの感じ……そうだ。ミアが十六歳って抜かした時と同じだ。俺の周りには年相応の容姿をした人間がいないのか。
「何を驚いているんだ? どこからどう見ても高校一年生じゃないか」
自分のネクタイを指差し微笑む大月。
うちの高校はネクタイの色で学年を判断することが出来る。今年は臙脂色が一年生、群青色が二年生、そして三年生は深緑となっている。そして今大月の着用しているネクタイは臙脂色。正真正銘の一年生である。普通気づくだろというツッコミは勘弁して欲しい。
「いやいやそんな物怖じしない態度、俺とタメには見えないから」
手を盛大に横に振って反論する。
「ちなみにクラスは八組、背番号は二十一だ」
「八組って……俺たちの隣のクラスじゃねえか! あとその顔での突発的なギャグはやめてくれ!」
「せ、せばっ……ぶふうぅ!」
「なにツボってんだ」
ミアは堪えきれず吹き出していた。
「私はそこのミアちゃんのほうが同い年だということが信じられない」
「あ、いやこいつは学年は同じだけどな――」
「おい! 私は断じて同い年なんかではない! よく聞け、私は十六歳。お前らとは一年早くこの世に生を受けているのじゃ!」
と言っても俺の方が一千年早く生まれてるけどな。と脳内ツッコミ。
「……」
大月は何も喋らず固まってしまった。しかし微笑みは絶やさない。
「……先輩かー、先輩……先輩ね。……じゃあそんな市川君とミア『先輩』に、この裏帰宅部について教えてあげよう」
「………………………………ん!? 先輩って私のことか!?」
「ふふっ、そうですよ。年上なんだから先輩に決まってるじゃないですか」
「そ、そうか……そうだよな……年上だもんな……先輩だもんな……」
そんなこと言われ慣れていないミアは一体どう対応したらいいのか分からないらしく、ただただ顔を赤くさせていた。その笑顔が美少女にあるまじき気持ち悪さを発揮している。
大月曰く、この裏帰宅部は彼女が立ち上げた現在部員人数一人の部活で、今の時期はまだ入部期間中ということで存在はしているが、創部の申請を出してから一ヶ月以内に五人の部員が集まらないと部活として登録することが出来ないらしい。
逆に言えば、期間内に五人集めてしまえばなんでも部活が作れてしまうといういい加減さがある。生徒の自主性を重んじるだとからしいが、これでは学校中が訳の分からない部活で溢れかえるんじゃないかと不安になってしまう。
「ああ、その辺は大丈夫。一年間のうちに新規登録出来る部活は先着で二つだけだから」
「ほお、一応その辺はちゃんとしてるんだな。ところで先着って大丈夫なのか? 四月ももう半分を過ぎてるわけだけど」
一年間のうちに新規で創設出来る部活は先着二つ。しかし新入生の入部期間は四月いっぱい。こんなもの、実質四月のうちに全てが決まってしまうようなものだ。一年間なんて回りくどい言い方しなければいいものを。
「それがね、昨日とうとう一つ決まっちゃったらしいんだ。なんて名前だったかなあ……」
小首を傾げて思い出そうとする大月。
「まあ名前はいいとして、とにかく残る席は一つになってしまったってわけか」
「うん、そうだね」
入部期間終了まで残すところ十日。それまでに大月は部員を四人集めなければならない。
四月の初めから入部期間は始まっていたのだから、おそらく彼女なりに勧誘した結果の一人なのだろう。ということは彼女にとってこの状況はとても芳しくない。気の毒ではあるが、裏帰宅部の創設を祈って俺たちは部室を後にするとしよう。
「俺からは頑張れとしか言えないけどさ、期待してるよ」
「ふっ、とりあえず礼は言っておこう」
大月が表情を崩すことはなかった。
「さて、そろそろおいとましますか――」
行くぞ、とミアの方を見ると。
「くふふっ……背番号って……なんで背番号なんて言ったんだ……あははは! し、しかも結構期待されてそうだし……ぐふふふー!」
さっきの大月のネタがまだツボに入っているらしくソファーでのたうち回っていた。
ようやく収まってきたらしく、ひーひー言いながら大きく深呼吸。
「ひ、ひひっ……よ、よし大哉、私は決めたぞ」
「何をだよ」
「私はこの部活に入る!」
ミアは腹を抱えながらそう言ったのだった。
私は……この部活に……入る……?
「――ええええええええ!? 今の一体どこに気に入る要素があったんだよ! お前完全に大月のギャグで決めたな!?」
「な、何を言っている! 頑張って部活を作ろうと頑張っているのに誰一人として部員が来ない。そんなの、先輩の私が見過ごせるはずが無かろう! いや、無い!」
「なんで二回言ったんだよ……」
「と、なれば! この部活について色々聞かなければならないなぁうん!」
「本当に入るのか……」
俺はスライムのようにソファーにぐったりと崩れ落ちる。
「分かった、まずは裏帰宅部の活動内容について話そう」
「俺の意見は無視か! 無視なのか!?」
「聞いてみるとあら不思議! もう入らずにはいられなくなるかもしれないぞ?」
ソファーにあぐらをかきながら座り、大月の話を今か今かと楽しみそうに待つミアが言う。いい女の子がスカートであぐらをかくものじゃない。
ちらちらと見える太ももにどぎまぎとする俺だが、こんな幼女にうつつを抜かしてどうする、俺が好きなのは大人の女性だろと自分自身に言い聞かせなんとか平静を保った。
「まず、一般的に言われている帰宅部の活動内容は――」
……帰宅部の活動って。連中は活動してると思ってんのか……現に俺は思ってないし。
「部活をしていないこと」
「まあそうなんだけどさ……もはや活動してねえ!」
「学校が終わったと同時に直帰体制」
「偏見だろそれ」
「暗い人間が多い。というかそれしかいない」
「もっと偏見だから!」
ツッコミどころが多過ぎる。もうお腹いっぱいなんで。これ以上ボケなくてもいいんで。
大月は息切れしている俺を尻目に続けた。
「裏帰宅部は、こういうのとは全く逆の活動を目標にしているんだ」
「なんじゃ! なんなんじゃ!」
ミアが目をランランと輝かせる。眩しいのでサングラスが欲しい。
「まず、帰宅をしない」
「家出じゃねえか」
「その代わり学校が終わったらここに直行する。要するにここを家代わりとするんだよ」
だから「ただいま」なわけか、と一応納得する俺。
「それと、明るい人間しか入部できない」
「だから偏見!」
「まあこんなところだね」
大月はやや誇らしげに大きく息を吐いた。
「これは果たして……部活と言っていいのか……?」
外で一生懸命に白球を追いかけている球児たちに申し訳が立たない気分だ。
「何か質問があるか?」
変わらぬ笑顔で大月は尋ねる。
「……一体この部室で何をするんだ?」
大体予想はついているが聞いてみよう。
「おかしなことを聞くな市川君は。そんなこと、普段家でやっていることをするに決まっているじゃないか」
「例えば」
「ごろごろしたり、本でも読んでみたり、パソコンいじってみたり」
「ですよねー! ……っていうか全部家でやれよ! そんなんじゃ明るかった人間もみるみるうちにフォースの暗黒面に染まっちまうから!」
柔道の受身を取るように、最後の力を振り絞り、渾身の力を込めて大げさにツッコんでみせた。
「うおおビックリしたぁ。なんじゃその動きは……」
引くな。引かないでくれ。
「むう。なかなか噛みついてくるな。ならばお前には何か案があるのか?」
大月は俺を試すような目付きで聞いてくる。
「ぐ……そう言われると困るな。というかそもそもこの部活に入るかさえ決まってないし」
「いや、ついさっき決まったじゃろうが」
「お前だけだ。まず何もすることがない部活なんて別に入っても意味が無いだろ」
「そんなことならこのミア先輩が直々に提供しよう」
ソファに立ち上がりミアがふんぞり返る。
「お前が?」
嫌な予感しかしない。
「うむ、その名も、時空探検じゃ!」
「時空……」
「探検……」
俺と大月は意味も分からず顔を見合わせるのだった。




