裏帰宅部
夕方五時を知らせる音楽が町に流れる。何十年も前に世界中で人気を博したイギリスのロックバンドの曲だ。どことなく哀愁を漂わせる感じが夕方の町に見事に合っている。
そんな夕日差し込む黄昏時に、俺たちはドアの前に突っ立っていた。
「大哉、裏帰宅部とはなんじゃ」
「俺にもよく分からん……」
まずは帰宅部についておさらいしてみよう。帰宅部とは部活に入っていない生徒のことを総称する言葉で、学校が終わるとそそくさと帰宅の途につく様を揶揄……とは言い過ぎかもしれないが、からかうといった意味で出来たものだと俺は思っている。
このことから分かるように帰宅部は正式な部活ではない。だがしかし、このドアには強烈なインパクトで裏『帰宅部』とはっきり書いてある。おそらく頭の『裏』文字が味噌なのだろうとは思うがいかんせん想像がつかない。
「――っ?」
突然ミアが辺りを見回す。
「……気のせいか」
ミアはそうひとりごちて自己解決させた。俺は特に気にもせず裏帰宅部について思考を巡らせる。
「むう……」
俺が唸っているとミアはさっきの神妙な面持ちなど無かったかのようにおもむろにドアノブに手をかけた。
「お、おい! こんな得体の知れない部活危険すぎる! やめよう! まだ棟は三つもあるんだし、それを見て回っていい部活が無かったらまた来ようぜ! な!?」
「……大哉、こんな言葉を知っているか」
「……なんだ」
「人は私たちのことをこう呼ぶ――飛んで火に入る夏の虫と!」
がちゃり。
「たのもーっ!」
「わあああああ! 全く意味分かんねえしそのことわざ不吉すぎるし!」
ミアは豪快に扉を開け、ハツラツと言ってみせた。あれは挨拶といっていいのだろうか。
ミアの背中に隠れ(無理だった)、怖いもの見たさに部屋を覗いてみる。
部屋の内部はまさに俺が想像していたような応接室だった。部屋の大きさは教室を半分に切ったくらいでそんなに大きくはない。中央に長いテーブル、その両サイドにレザーで出来た黒い長ソファー。そしてもう両サイドにも普通のサイズのソファーが置かれている。その奥には社長か誰かお偉いさんが使いそうなデスクとチェア。
……しかしチェアに座っていたのは肥えた社長でも髪の薄い校長でもなく、俺たちと同じ制服を着た女の子だった。
「ここが裏帰宅部で間違無いな!?」
道場破りか何かかお前は。
「――ああ、ここが紛れもない裏帰宅部だ。表にそう書いてあったと思うんだが?」
ミアの傲慢な態度にもうろたえることなく、やけに男っぽい口調の女の子はデスクに両肘を付き微笑んだ。
「――っ」
その微笑みに一度だけ心臓がドクンと跳ねた気がした。同時に俺は半歩後ろへよろける。なんだこれは。なんでこうなるのか自分でもよく分からない。
「む? どうした。気分が悪いのか?」
心配……そうではないが表情は変えずにミアは俺の顔を見上げる。
「いや――」
なんでもない、と今までどおりに振舞ってみせた。
チェアに座る女の子を見つめる。
なんて気味の悪い笑みだろう。俺はそう感じてしまった。ミアには分からないのだろうか。全てを見透かしたというか、高い位置から見下ろすようなあの笑みが。ただそれだけで今のような反応にはならない。あの笑顔の何が俺をここまで恐怖させているのだろう。
……きっとこのにこやかな表情にボーイッシュな口調が合ってないからだ。きっとそうだ。しばらくすれば違和感は無くなる。それまで我慢しよう。
と、言う結論に至り俺はなんとか気を取り直す。
「……私の顔に何か付いているのか?」
脳内会議を開いている最中、俺は余りにも真剣な表情で睨んでいたせいか、女の子は怪訝そうに尋ねてきた。
「あ……いや別にボーッとしていただけです。はい……」
しどろもどろに答える俺を女の子は絶対変な奴に思ったに違いない。見事にスタートダッシュ失敗。
俺はそのあとに何を続ければいいか分からず黙ってしまった。
部屋を微妙な間が覆う。
「――そ、そんなことより! さっきはすいませんでした! こいつアホなんで入口の字とか読めなくてウゴァ!」
なんとか場を持たせようと苦し紛れに口を開いてみる。直後、ミアから飛んでくるエルボーが綺麗にみぞおちに入り思わずしゃがみこんだ。
「……ふっ、大丈夫。私そういう元気な子好きだから」
女の子は相変わらずの笑みで返した。とりあえず彼女の気分を害していないことに安心する。苦しくてまだ立ち上がることは出来てないけど。
女の子は続ける。
「ところで、挨拶もなしに部屋に入ってくるなんて、お前たちの親御さんはどんなしつけをしてきたんだろうな」
ミアといいこの子といい、最近の女子は相手のことをお前呼ばわりすることが流行っているのだろうか。
「挨拶って、今したじゃろうが、たのもーって」
「いやそれは違う気がするぞ……」
ようやく痛みが引いてきたのでミアにツッコみを入れる。
「まあそれでも特に問題は無いが、この裏帰宅部には入室の際のちゃんとした挨拶がある」
「な、なんて初見殺しな……!」
「驚くところそこかよ」
苦笑いをする俺と愕然とするミアに、女の子は立ち話もなんだからとソファーに腰掛けるよう促した。
言われるがままにソファーに座ることにする。うおお……なんだこれ。高いソファーって、こんなに快適なのか……。これは座ると言うより埋もれると言ったほうが正しいのかもしれない。ミアに関しては尚更で、ソファーの快適さに完全に身を預けてしまっている。
「失礼しますとかじゃダメなんですか?」
改めて、裏帰宅部の入室時の挨拶について話をする。
「そんなありきたりなものは裏帰宅部には相応しくないな」
「はぁ……」
じゃあたのもーでいいんじゃないだろうか。
「じゃあたのもーでいいじゃんか!」
お。ミアが何かを感じ取ったのか俺の気持ちを代弁してくれた。
「たのもーは乱暴すぎる。この部活は紳士淑女の憩いの場だ」
さっきまで一人だった気がするが。それとその喋り方は淑女の嗜みか何かですか。
「そういうことを踏まえて、この部活では入室時に『ただいま』を採用している」
「た、ただいま……」
「なあ大哉、この部屋はこいつの家なのか……?」
「多分違うと思う……」
二人して苦笑いを浮かべるしかなかった。
「と、いうわけで! さあさあお前たち、部室に入るところからもう一度やり直しだ!」
女の子は手を叩いて俺たちを急かした。
「ええーめんどくさい……」
ミアは唇を尖らせる。
「お前のせいだからな」
俺たちは半ば強制的に部室から放り出される形で挨拶をやり直すハメになった。




