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月影夜半  作者: 夜半堂
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最終話 月影夜半

 月が、落ちる。


 赤黒く染まった空の下、

 都は静かに壊れていた。


 炎に呑まれた町。

 崩れた門。

 泣き声すら消えた夜。


 百鬼夜行は、なおも進む。


 無数の怪異たちが、

 月のない都を埋め尽くしていた。


 その中心。


 朱の瘴気が渦巻く中を、

 一人の少年が歩いていく。


 黒衣を翻し、

 月影 夜半は、ただ前を見据えていた。


 足を止めれば、

 恐れてしまう気がした。


 だから歩く。


 救えなかったもののために。


 今も泣いている誰かのために。


 ――そして。


 自分自身を、終わらせるために。


「来たか」


 闇の奥から、

 ぬらりひょんの声が響く。


 巨大な瘴気の中心で、

 百鬼夜行の総大将は嗤っていた。


「人も怪異も、滅びを望んでおる」


「違う」


 夜半は静かに言う。


「皆、ただ……救われたかっただけだ」


 ぬらりひょんが目を細める。


「ならば何故、人は怪異を斬る」


「怖かったんだ」


「ならば怪異は何故、人を喰らう」


「寂しかったんだ」


 夜風が吹く。


 黒衣が揺れた。


 夜半は刀を抜く。


 月影ノ太刀。


 蒼白い光が、

 闇を裂いた。


「俺は」


 静かな声だった。


「人も、怪異も――終わらせたくない」


 その瞬間。


 百鬼夜行が咆哮した。


   ◇


 戦いは、

 もはや戦いと呼べるものではなかった。


 空が裂け、

 瘴気が地を侵し、

 都そのものが悲鳴を上げていた。


 夜半の身体も限界だった。


 腕が裂ける。


 血が流れる。


 それでも刀を振るう。


 何度でも。


 何度でも。


「どうしてそこまで抗う」


 ぬらりひょんの声が響く。


「救えぬものばかりだろう」


 夜半は息を切らしながら、

 静かに目を閉じた。


 脳裏に浮かぶ。


 泣いていた産女。


 雨夜の童。


 孤独に笑った白妙。


 不器用に刃を向けた清継。


 そして。


 ずっと隣にいた、朔。


 皆、夜の中で生きていた。


 苦しみながら。


 泣きながら。


 それでも。


 生きたかったのだ。


「……ああ」


 夜半は、小さく笑う。


「だから、終わらせない」


 月が輝く。


 その時。


 背後から声がした。


「夜半!!」


 振り返る。


 白妙がいた。


 傷だらけになりながら、

 涙を浮かべて立っていた。


「一人で行かないでください……!」


「白妙……」


「あなたが消える未来なんて、嫌です……!」


 震える声だった。


 けれど。


 確かに強かった。


「夜半様は、ずっと誰かを救ってきた……!」


「だったら今度は――」


 涙が落ちる。


「誰かに救われてください……!」


 その言葉に。


 夜半の瞳が、揺れた。


 初めてだった。


 誰かが、

 “月影夜半”を救おうとしてくれたのは。


 夜半は静かに目を伏せる。


 胸の奥が、

 少しだけ痛かった。


 温かかった。


 忘れていた感覚だった。


「……困ったな」


 小さく笑う。


 本当に、困ったように。


 その時。


 隣へ、白い影が立った。


「ようやく気づいたか」


 朔だった。


 白髪を揺らし、

 呆れたように笑っている。


「お前、救われるの下手すぎ」


「……朔」


「封印は一人じゃないと駄目なんて、誰が言った」


 夜半が目を見開く。


 朔は笑う。


 どこか泣きそうに。


「月守を舐めんな」


 その瞬間。


 白い光が溢れた。


 朔の身体が、

 月光へ溶けていく。


「おい……!」


「夜半」


 優しい声だった。


「今度は、お前が生きろ」


 光が舞う。


 月が輝く。


 そして。


 百鬼夜行を包む瘴気が、

 一気に浄化されていった。


 ぬらりひょんが吠える。


 闇が崩れる。


 夜が、裂ける。


 夜半は叫んだ。


「朔――!!」


 届かない。


 もう。


 どこにも。


 けれど。


 最後に見えた朔の顔は、

 とても穏やかに笑っていた。


   ◇


 長い夜が終わる。


 東の空が、

 淡く白み始めていた。


 都には静かな風が吹いている。


 怪異の気配は、

 もうほとんど残っていなかった。


 焼け跡の中で、

 夜半は空を見上げる。


 朝日が昇る。


 眩しくて、

 少し目を細めた。


「……夜が、明ける」


 その声に、

 白妙が微笑む。


「はい」


 涙を浮かべながら。


 けれど、

 確かに笑って。


 夜半は静かに目を閉じる。


 ずっと。


 夜の中を歩いてきた。


 救えなかったものを抱えて。


 独りで。


 けれど今は。


 隣に、温もりがある。


 だから。


 もう少しだけ、

 生きてみてもいいと思えた。


 朝日が、

 二人を照らす。


 長い夜の終わり。


 そして。


 ――月影夜半という、

 一人の少年の物語が終わる。

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