7,☆もしかして突っ走ってる?
清彦はいつもそう。
自分の意思がない。
私がお願いしたら聞いてくれるし、やめてと言ったらやめてくれる。
こうやって万人に同じ優しさを振り撒くから、私はもう傷つかないように気を付けないといけないんだ。
私だけが特別なんじゃない。
そう、また自分に言い聞かす。
「亜子、あのな……」
怖い。
「えっと。私ちょっと飲み過ぎちゃったかも」
清彦の本心、聞くの怖い。
「あ、ここまででいいよ。送ってくれてありがとう」
急ぎ足でマンションに向かう。
「亜子」
追っかけて来ないで。
「じゃ、明日もご安全にー!」
走って逃げる。
話を遮ってしまった。
清彦は優しいから、きっと香保里ちゃんとも上手くいくと思う。
私は駄目だ。
清彦の優しさが許せない、嫌な女になってしまうから。
高3の夏、清彦と結ばれて、私は有頂天になっていた。
新学期に登校したら、朋美ちゃんが『絶対に内緒にするから』っていろいろ聞いてきて、私は女子トークのつもりで話してしまった。
清彦と私の大切な思い出をペラペラと……
そして、それまで応援してくれてたはずだった朋美ちゃんは脅威になった。
私たちの『内緒』は学校中に知れ渡ってしまった。
清彦にも嫌な思いをさせてしまった。
私はそのことをきちんと謝れずに今に至る。
今日だって……田浦さんを連れてきてくれたし、他の人が楽しめるよう幹事やってくれて、香保里ちゃんと二人で楽しそうに話しちゃってさ。
嫉妬してるわけじゃない。
私にそんな資格ないし。
だけど、ちょっとくらい……断っても良くない?
せめて今日、田浦さんが来なければ、清彦が私と会わせたくないのかなって期待できたのに……
「ばか」
家でお風呂を溜めてたら、清彦から連絡がきた。
『田浦の連絡先教えとく』
その後、グループチャットに招待された。
またしても高3の思い出が蘇る。
気まずくなった清彦と、再び話が出来たのは卒業式の一週間くらい前だった。
「話がある」と呼び出された先に、当時の清彦の友達がいた。
「こいつがお前のこと好きだって」
凍り付いた。
清彦が一体、私に何を期待してるのか分からなかった。
「そう……」
どうしていいか分からず、私はその友達、優斗くんに笑いかけた。
「あ、あの。卒業したら一緒に出掛けませんか?」
優斗くんに言われ「いいけど」と答えた。
実際に出掛けることはなかった。
だって噂で、優斗くんは卒業式の日に朋美ちゃんに告白されて付き合い始めたって聞いたから。
清彦は私のことなんて何とも思ってない。
だからこうして、友達を紹介してくるんだ。
もう、お風呂に入るのが面倒になっていた。
『ありがとう』
清彦にお礼を送って布団に潜った。
しまった……前が見えない……
昨日、お化粧を落とさずに寝てしまった。
マスカラが上下の睫毛に引っ付いて、目が開かなくなってしまった。
薄目でぼやぼやする視界を手探りで風呂まで辿り着く。
ちょっと頭も痛い。
二日酔い。
30代になると、体の衰えが来るって聞いたことあるけど、これかな?
『衰え』なんて大袈裟な気もするけど、お酒が抜けにくくなったとは思う。
頑固なマスカラを入念に落としていく。
肌への負担が……
「はぁ」
曇ったガラスにシャワーをかける。
そんなに変わってないように思うけど。
そりゃ、さすがに10代の頃のままだと言うつもりは無いけど、20代前半と今ってそんなに違う?
年齢を重ねている実感が湧かない。
「……成長してないってこと?」
自問。
「いやいやいやいや」
自答。
職場に後輩は増えてきてるし、
この前なんて、白髪見つけちゃったし。
やっぱり、確実に歳はとっている。
「亜子先輩、昨日はありがとうございましたー」
「香保里ちゃん、こちらこそありがとう。なんか、ごめんね。私と清彦だけ浮いてたよね?」
「そんなことないですよ。さっき皆で話してたんですけど、今度、一緒に海に行きません?」
「海?」
「もう、田浦くんと林くんにはオッケーもらってて、あとは向こうで確認してくれることになってるんです。こっちは全員行きたい感じなんですけど、もちろん亜子先輩も行きますよね?」
清彦が行くなら、って言ったら変かな。
清彦が行かないのに、20代の皆と行くのは正直ツライ。
「日によるかな?私はもう、日焼け対策とか大変なお年頃だしなぁ」
「そんなこと気にしてたら遊べないじゃないですか!行きましょうよ、ね?」
「ん……じゃぁ」
なにがなんでも清彦を連れて行かなきゃ。
そうと決まると、いろんな事が気になってくる。
新しい水着を買おうかな、
歩きやすいサンダルも、
ビーチバッグも。
暑さと濡れても崩れないメイクの研究もしておかないと。
忙しくなってきたぞ。
あ、そうだ、一応……
『海に誘われたら行くって答えてね』
清彦に送った。
完璧
心ここに在らずな感じは否めないけど、真面目な顔して売り場に立つ。
夏の新色は売れ行きが悪く、販売スタッフにはプレッシャーがかけられている。
売り辛いのには理由がある。
『日に焼けた肌に合う新色』は、つまり、色が黒い人向けということ。
本当に日に焼けている人には言えるけど、もともと色が黒い人にはなかなか言えない。
私は地黒な方で、自覚があるから気にしないけど、お客様にそんなこと言えないのだ。
売り場を歩く女性客に近付く。
「お試しいただけますよ」
日焼けとか無縁そうな色の白い方。
チークじゃなくて、日焼け止めを探しておられるのかも。
「どのような商品をお探しですか?」
「え、と。あの、健康的に見えるように……」
あ。チークでいいのか。
「それでは、こちらにおかけになってください」
ちょっと難しい挑戦だけど、お客様の要望だもの。頑張るしかない。
「お客様はお肌が白いですから、チークは乗せる場所が大事になります」
ブラシに取って、手の甲で無駄な粉を落とす。
「こうして余分な粉は払ってから、頬骨の上、目尻よりに薄く横に乗せてください」
やって見せる。
「この色は、間違っても、頬の真ん中にクルクルとやってはいけません」
お客様は鏡に見入っている。
「今、日に焼けたばかりの健康的なお肌に見えませんか?」
「見えます!アクティブな感じに見えます、よね?」
「はい。とてもお似合いだと思います」
チークと、ウォータープルーフのマスカラをご購入いただいた。
……うん。
私もこのメイクで行こうかな。




