↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あうん  作者: あおあん
この春の出来事

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/44

42,★回復へ

最近は調子がいい。


分からなかったことがどうして分からなかったんだろうと不思議に思えてならない。


亜子が言っていること、生活の中で感じること、人の顔を見て自然と思い出す過去の記憶。


全てが繋がって、あの嫌な霧の出現も減ってきている。


それでも頭では分かってるのに、言葉にするのは難しかったりする。


亜子が仕事を辞めると相談してきたが、それには反対だった。


亜子には亜子の築いてきた世界がある。


それを俺の為に捨てて欲しくなかった。


気持ちは言えなかったが、反対の意思は伝えられた。


「ねえ、散歩に行かない?」


犬が庭で尻尾を振っていた。


立ち上がって玄関に向かう。


「『うん』って言って?」


亜子に言われた。


「清彦がそうしたいと思う時、首をこうするでしょ?」


そうだ。俺は少し頭を下げる。


「そういう時は『うん』って言うの。声にして言ってみて」


今は出来そうにないから、とりあえずいつものように頭を下げた。


「福ちゃんのことは分かる?」


この犬の名前は福ちゃんか、思い出さなきゃならないことがいっぱいだな。


公園で犬を遊ばせていたら、男女の二人組に声を掛けられた。


「真壁さん!亜子さん!」


「あ、香保里ちゃん、林くん。デート?」


「はい。亜子先輩もですか?」


「うん」と亜子が言った。


おっと。『うん』の出番だ。俺は頷いた。


「真壁さん、会話できるようになってるんですね。『あこ』以外に言えるようになったんっすか?」


「ちょっと、意地悪言わないの……失礼でしょ!」


この男には見覚えがあるが……


「は・や・し」


亜子が耳元で囁く。


頭が曇って、思わず眉間に皺を寄せた。


「は」


「や」


「し」


どっと疲れたが、言えた気がする。


男が俺に飛びかかってきて、俺は、亜子としかこういうことはしたくないので、拒否の合図を送った。


「あ、林くん、清彦が混乱してるみたいだから、やめてあげてくれる?」


「混乱?」


「ほら、ああやって目がそっぽを向いているのは『嫌』な時なの」


「真壁さーん!ひでぇ」


男は泣いている……のか?涙は出ていないようだったが。


「それじゃ、私たちはこれで」


林の隣にいる女性がそう言って、二人は仲睦まじく去って行った。


あれは、俺の知り合いのはずだが……


いまいち記憶が曖昧だ。


「あの人は職場が一緒だったんだよ。消防署のレスキュー隊で、清彦はそこの隊長をやってたんだよ」


まるでパチンと照明のスイッチが入ったように記憶の回路が繋がった気がした。


薄暗くてよく見えなかった視界に光が差し込み、鮮やかに蘇る。


赤い消防車、オレンジのユニフォーム、隊員たちの顔がありありと目に浮かぶ。


「みんなかっこいいと思うけど、清彦は特別だよ。私が好きだからかな……もう……なんて言うか、輝いて見えちゃうよね。へへへ」


照れながら俺のことを好きだと言ってくれている。


「亜子……」


キスがしたい。


「清彦……キスしていい……?」


同じ想いだと知り、カッと体温が上がった。


ゆっくり息を吸って、鼻から吐く。


亜子を見つめて、頷く。


「う」


「ん」


言えた。


瞬時に亜子に抱きつかれ、首にキスを浴びせてくる。


「やった!やった!」


小さな声ではしゃぐ亜子が愛おしくて、ぎゅっと抱きしめる。


『俺には君が必要だ』


そう言いたくて、気持ちを込めてキスをした。






亜子が仕事に行くと、一人の時間がやってくる。


「父さん」


俺は両親に呼びかけられるようになっていたし、ぼんやりと曇っていた頭の中もだいぶ晴れてきた。


父はレスキュー隊員だった。


俺は幼少の頃から、その姿に憧れ、自分も同じ職につくことを信じて疑わなかった。


定年間近で今はデスクワークをしているが、やはり同じ歳の頃の人達に比べれば、よほど鍛えられた身体をしている。


ここ数日、日課となった筋トレを父と行う。


家にあるトレーニング機器の使い方もちゃんと思い出してきた。


「午後はプールに行くか?」


泳ぐのは好きだ。


「うん」


父はにっこりと笑い、「亜子ちゃん、さまさまだな」と言った。


まったくだ。


俺はもはや自分の様子が通常ではないことが分かっている。


入院中は不思議に思わなかったが、自分の行動が、特に感情と身体の繫がりが鈍いことにもどかしさを感じている。


早く回復して現場に戻りたい。


水着とタオルを持って、父と出発した。


区民プールまでは徒歩5分だ。


この街の地図もしっかりと把握している。


俺が守ってきた、生まれ育った街だ。


亜子との思い出がたくさん詰まった街。


俺が守りたいもの……


ウーウーウー


遠くからサイレンが聞こえ、一瞬身体が強張った。


しっとりと手に汗をかいている。


カンカンカンカン


交差点に入るサイレンに変わった。


刹那、俺も行かねばと出動の衝動にかられた。


「清彦、戻りたいか?」


「うん」


「厳しい事を言うが、今のお前では無理だ。完全に回復するまでどの程度の時間がかかるのかは医者にも分からないそうだ。それでもお前は頑張れるのか?」


「うん」


「なら、返事は『はい』だ。お前が今出来ないことは失ったわけではない。一時的に休んでいるだけだ。取り戻せ、一刻も早く」


「はい」


「そうだ。俺の自慢の息子だ、やってできないことなど、お前にはない。いいか、今日からしごくぞ。俺の指導に付いて来い」


「はい!」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。