41,☆これからの相談
おそらく頭が疲れるんだと思う。
言葉を発して会話をしたり、何かを思い出したりが脳に負担をかけているのだろう。
清彦は日中、とても眠そうな時がある。
「横になりなよ」
促すけど、そっぽを向いて、ちょっとだけ抵抗する。
この前うなされてるところを見てしまったから、私も強くは言えない。
「ここにいてあげるから。ほらね?」
膝をポンポンと叩くと、すぐさま頭を預けてきた。
なんて可愛いんだろう……頭をなでなでする。
あの事故で死者は出なかった。
大規模な火災現場での崩落事故で、この程度で済んだのは不幸中の幸いだとニュースで言っていた。
記憶障害が残っている清彦は一番の重傷者だけど、左腕を複雑骨折した司や、他にも重傷者は複数名いたと聞いている。
死ななくてよかった……
会う度に思う。
もし、もう会えなくなっていたら……怖くて離れられない。
「亜子ちゃん、足痺れるでしょ?」
ひそひそ声のおばちゃんが、座布団を持って来てくれた。
「大丈夫です。あ、でもやっぱ……」
清彦を起こしたくはないのだけど、確かに足が痺れてきていた。
「私が頭を支えておくから、亜子ちゃん、お座布団差し入れてね、せーの……」
清彦の枕を折りたたんだ座布団に入れ替え、解放された足を伸ばした。
ピリピリとむず痒い感触を手で摩って和らげる。
「あ。そうだ。私、電話しなきゃならなくて、少し変わってもらえますか?」
「ええ、もちろんよ」
おばちゃんたちを残して、私は二階の清彦の部屋を使わせてもらうことにした。
「人事部の佐伯さんをお願いします」
リクルーターであり、人事採用を取り纏めるやり手のキャリアウーマンだ。
「朝倉さん、お久しぶりね。元気にしてた?」
「はい。私用でだいぶ職場にご迷惑をおかけしていますが、私自身は元気でやっています」
「駄目よ」
「はい?」
まだ何も言ってないのに、『駄目』と言われてしまった。
「舐めないで欲しいわね。この仕事を長くやってれば、退職希望の連絡だって秒でわかるのよ。朝倉亜子さん、あなたの退職願いを私は受理したくありません」
「でも……」
「でも、なに?職場に迷惑をかけているから?同僚たちがそう言ってるのかしら?私の耳には違う形で報告が来ているのだけど」
「報告ですか?」
「そうよ。新人を抱えて、上手く回してるって聞いたわ。遅番はみんなやりたがらないけど、率先してやってくれてるんでしょ?レジ締めも正確だし、売上も順調らしいじゃない?何が問題なの?」
別に率先して遅番を引き受けてるわけじゃなくて、それしか出来ないから……売上が良かったのは新人ちゃんのアイディアが当たっただけだし……
「看病したい人がいるんです。恋人なんですけど、事故に遭って、私、助けになりたいんです」
しばらくの沈黙。
我儘を言っているのは分かっている。
だけど……
「お相手は納得されているの?」
「はい」
「本当に?朝倉さんに仕事をやめて欲しいって、そう思っているの?」
そう言われると……
「確認して、もう一度お電話ちょうだい。次、電話が来たら、朝倉さんの退職の手続きを進めます。でも、きっと電話は来ないって私は信じてるわよ。ははは……二度と電話をしてこないでちょうだい、なーんてね。ははは」
昔からお茶目な人だ。
「分かりました。彼と相談してみます。お話聞いてくださってありがとうございました」
電話を切って居間に戻る。
眠っている清彦の顔を見る。
相談ね……
自分のことで大変な時に、私のことで考え事を増やしたくない。
でも、佐伯さんの言う通り、清彦が私に仕事をやめて欲しいと思っているのかは聞いてみたかった。
私も横になって、清彦と向き合う。
綺麗な顔してる。
男っぽい眉毛に角ばった顎、なんだろう……『消防士』にしか見えない……
私の理由なき『消防士顔説』に勝手に笑いが込み上げてくる。
ニヤニヤしていたら、清彦と目が合った。
あ、起こしちゃった。
「おはよ」
清彦の手が伸びてきて、私の顔を包んだ。
大きな手。
固くて、暖かくて、優しい。
「さっきね会社に電話して辞めるって言おうとしたの」
すんなりとしゃべれて、自分でも驚いている。
「でも、辞めない方がいいって言われて、彼は納得してるのかって」
ほっぺを捻られた?
顔がムニってなって、口が閉じない。
「なにすんの?」
「亜子……」
言いたいことがあるんだね。
起き上がって、正座で向き合う。
「私に仕事辞めて欲しい?辞めて欲しくない?」
清彦が小さく頷く。
しまった。矢継ぎ早の質問で、どっちに頷いたか分からなかった。
「辞めて欲しい?」
清彦は斜め上を向いた。
「辞めて欲しくない?」
頷いた。
……そっか。
「一緒にいる時間あんま増えないよ?いいの?」
斜め上を向いた。
「それでも仕事を続けた方がいいって思うの?」
頷いた。
……そっか。
「通勤の事を考えると、私は自分ちの方が便利だけど、そのままあっちに居ていい?」
斜め上を向いた。
「こっちに引っ越して来て、頑張って通えって言うの?」
頷いた。
「なによ。ここからだと駅まで遠くて歩くの大変なんだぞ」
斜め上を向いた。
「そんなの知らないって?」
頷いた。
「……っもう!」
笑いながら清彦に飛びかかる。
会話が出来るようになってる!
私の言葉が100%伝わってる!
清彦の答えが全部返ってきてる!
はたと振り返ると、おじちゃんとおばちゃんが号泣しながら私たちを見ていた。




