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あうん  作者: あおあん
この春の出来事

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35/44

35,☆素直になると誓った日

清彦が病院に運ばれて一週間が経った。


未だ目を覚まさず、予断を許さない状況が続いている。


3月30日


本来なら、清彦の壮行会と司の誕生会を開く予定だった。


仕事前に病院に立ち寄る。


ICUの前でぽつりぽつりと語りかける。


「ねえ、4月になっちゃうよ。新しい職場を無断欠勤するなんて、らしくないぞ」


微動だにしない清彦は眠っているようにしか見えない。


「早く起きてよ。私、言わなきゃならないことがあるんだから」


失う時になって初めて気付くなんて、私ってばつくづく馬鹿だな。


なんであんな意地を張ってたのか、自分でもよく分からない。


私の息でガラスが曇る。


袖で拭って、また顔を近付けた。


「亜子……」


振り返ると司が立っていた。


「起きていいの?」


「ああ。今日退院する」


「そっか。よかったね。あと……お誕生日おめでとう」


司はしっかりと固定された左腕を庇いながら、私に深く頭を下げた。


「ごめん。真壁さんがこうなったのは俺の不注意で、本当に亜子には申し訳ないと思っている」


「司のせいじゃないよ。私、聞いたよ。あの日、現場で何があったのか、おじちゃんが全部話してくれたの。だから司は悪くないって知ってる」


司は右腕で顔を拭った。


「謝らなきゃならないのは私の方。あのね……司……私、清彦のことが好きなの。ずっと前から彼のことしか見えてなくて、だけど、その気持ちに蓋をしたまま、司と付き合ってた。失礼なことをして本当にごめんなさい」


精一杯の気持ちを込めて頭を下げる。


「いいって。言っただろ?気付いてたんだよ。亜子は感情が顔に出過ぎ」


歯を出してニコッと笑ってくれた司のそれは、傷ついた心を隠す作り笑いだ。


しばらく一緒にいたから、それくらいのことは分かるようになっていた。


「ごめんね」


最後まで優しくていい人だった。


司と知り合えたことは、幸せな思い出になる。


並んでガラス越しに清彦を眺める。


「真壁さん、俺、しばらくデスクワークです。せっかく隊長の役を任されるって、張り切ってたんですけどね……亜子がいるのにナンパなんてしたから罰が当たったんですかね」


「ふふっ」笑っちゃった。


「言っときますけど、俺は真壁さんだから亜子を諦めるんですよ。そうじゃなかったら結婚を申し込むつもりでした。亜子の夢なんですよね?真壁さん、きちんと叶えてやってくださいよ」


司と清彦もそんな恋バナするんだって、ちょっと意外だった。


「あっ!」


司が小さく叫んだ。


その理由は私にも分かった。


「今、動いたよね?」


指先がピクリと動いた。


「ああ。俺も見た!先生呼んでくる!」


司が走って行った。


やっちゃ駄目だって分かっているけど、ガラスを叩く。


「清彦!清彦!」


ほんの僅かに首をこちらに傾け、清彦は目を細めた。


やった……よかった……目を覚ましてくれた……


ガラスにおでこをくっつけ、口を大きく動かす。


「あ・い・し・て・る」


届け!


「あ・い・し・て・る」


伝われ!


私の声にならない声は清彦に届いたみたいだった。


彼の親指が、震えながら立ち上がった。






バタバタと駆け込んできた医者と看護師に追い出されてしまい、司と待合室にいる。


窓口が混んでいて、退院の手続きにはまだ時間がかかりそうだ。


「もうすぐ林が来てくれるから、ここでいいよ」


そう言われ、ボストンバッグを司に渡す。


「リハビリ大変だと思うけど、頑張ってね」


「おう。亜子も仕事と真壁さんのサポート、あんまり無理すんなよ」


「うん」


暖かい春の陽気と清々しい風に、気持ちがしゃっきりする。


ふわふわと浮かぶように歩きながら職場に向かった。


清彦が目覚めてよかった。


早くおしゃべりしたい。






「香保里ちゃん!惟子ちゃん!」


休みがちだった私のシフトを二人が埋めてくれた。


「亜子先輩!良いことありました?」


察しのいい香保里ちゃんが、嬉しそうに聞いてくれる。


「さっき清彦の目が覚めたの!」


「うっそ!やりましたね!」


「おめでとうございます!」


二人も自分ごとのように喜んでくれた。


「亜子先輩、素直になれたんですね。なんかキラキラしてとっても綺麗です」


「香保里ちゃん……ありがとうね。私、どうかしてた。司と清彦を比べるようなことして……でも、今回の事故で思い知ったの。清彦から離れるなんてできっこないって。こんなに好きなんだから、側にいなきゃって」


「自分の気持ちに忠実になるって大事ですよね。実は私も……」


珍しく香保里ちゃんが言い渋っている。


「どうしたの?なにかあったの?」


「林くんと正式にお付き合いすることになりました。やっぱり事故がきっかけで、手放したくないなって独占欲が湧いて来ちゃったっていうか」


「へえ!じゃ、もうお互い一途なお付き合いをしていくの?」


「そういうことです。私は亜子先輩を見ていいなって思ったし、林くんも真壁さんを見ていて思うところがあったみたいです」


好きって気持ちにはたぶんバリエーションがあるんだと思う。


いろんな瞬間にドキドキは登場するから、


実はそれらの感情は似て非なるものなのに……


たまに勘違いして取り違えちゃったりするんだろうな。


正解は分かりにくいけど、必ず正解はあるんだ。


自分の気持ちに素直になることでしか、その選択が正しかったかは分からない。


だから私は誓う。


素直になる、と。




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