34,☆私の愛する人
私は仕事中の休憩をデパートの共有スペースで過ごす。
他のテナントのスタッフもたくさんいる中、自動販売機でコーヒーを買い、簡素な椅子とテーブルが並ぶ一角で一息ついた。
前方のテレビではいつもワイドショーが流れているけど、私はスマホを取り出し、ニュースは手元でチェックしている。
テレビに速報が流れ、出演者が神妙な面持ちで語りかけてきた。
なんとなく視線が吸い寄せられ、ぼんやりと眺めていた。
『先ほど、ビル火災の現場で崩落がありました。現在、怪我人5名、うち3名が重傷との情報が入っています。一般人の被害はなく、事故に巻き込まれたのは消火に当たっていた消防署員ということです。未だ、安否確認が取れていない方の捜索が続いて……』
体中の血の気が引いていく。
飲みかけのコーヒーの紙コップを放置して、急いで売り場に戻った。
「亜子先輩、早くないですか?」
「香保里ちゃん、あのね、事故があったみたいなの、ビル火災で崩落が、それでね、怪我人がたくさん、どうしよう、香保里ちゃん、私、行ってもいい?ここにいられないの、香保里ちゃん、どうしよう、私……」
震える手を握りしめておろおろする私の両肩を香保里ちゃんが掴んだ。
「しっかりして、亜子先輩!」
「う……うん……」
「最悪の事態を想像して慌てふためいてても仕方ないです。ここは私が何とかしますから、亜子先輩は行っていいですよ。自分の目で安否確認してきてください!」
「香保里ちゃん……ありがと……」
「お礼なんて要らないですよ、さ、早く!行って下さい!」
強く背中を押されて、更衣室に向かった。
地元の大きな総合病院は静まり返っていた。
勢いで来てしまったものの、どうやって事故にあった人達と接触できるかが分からない。
窓口で名前を言えば教えてもらえるのだろうか……まさかね、入院患者の情報などそう簡単に言わないに決まってる。
なにか手がかりを探そうと、周りをキョロキョロと見回す。
一瞬、オレンジの服を着た影が見えたので、駆け寄る。
「あの、すみません!」
閉まりかけたエレベーターに手を差し入れた。
「ちょっと、危ないですよ!」
再び開いたドアの中にいたのは水島さんだった。
「亜子さん?」
「テ、テレビで事故のこと知って、あの、水島さんは怪我したの?」
「俺はかすり傷です……」
怖い。怖いよ。『俺は』って……続きを聞くのが怖い。
「他は?」
心臓が鷲掴みされたようにビクビクしている。
「田浦さんが左腕の損傷で運ばれてきています」
「司が……どこ?会わせて。お願い、どこにいるか教えて!」
取り乱す私の手を、水島さんが力いっぱい握ってくれた。
「分かりました。行きましょう」
やたらと白くて明るい廊下を進んだ。
突き当りの部屋で水島さんが、ドアをノックした。
「入るぞ」
私は水島さんから取っ手を奪って、一気に横に引いた。
「なんだよ。忘れものか?」
左腕を固定され、顔に無数の擦り傷を作った司が水色のガウン姿でベッドに座っていた。
「亜子?」
「大丈夫?大丈夫なの?」
声は出るけど、足が動かなかった。
痛々しい司の様子がだんだんと歪んで見えてくる。
「大丈夫だよ。心配してくれたんだな」
水島さんがそっと肩を押してくれた。
つまずくように一歩出ると、その場で崩れ落ちてしまった。
「亜子さん、しっかり」
水島さんが私を抱き起こしてくれる。
「二人だけ?ここにいるのは二人だけ?」
清彦は?
清彦は無事なの?
清彦は見つかったの?
清彦は怪我とかしてない?
喉がつっかえて聞きたいことが言葉にならない。
「ねえ、教えて!」
支えてくれている水島さんに縋りつく。
「真壁……隊長が……集中治療室にいます」
耳の奥がキーンと痛くなって、音が聞こえなくなった。
「集中治療室……」
自分の声もくぐもって聞こえない。
「亜子、あのな、真壁さんは俺たちに危険を知らせようとして……」
司が何かを話しているようだったけど、水島さんを強く引き寄せる。
「どこ?清彦はどこ?連れてって!」
「亜子さん……」
「お願い!清彦はどこおぉぉぉ!」
喉に詰まっていたものが声と一緒に吐き出されてくるようだった。
堰き止められていた涙と、得体の知れない感情が一気に体から溢れだす。
「清彦ぉ!清彦ぉ!」
嗚咽と共に繰り返し愛する人の名を叫ぶ。
滴る涙を構いもせず、水島さんの制服を握りしめた。
「お願い!会わせて!」
暗い廊下からガラス張りの部屋を覗く。
清彦は至るところにチューブを繋がれたまま横たわっていた。
「困ります」
看護師に注意され、水島さんが私を連れ戻そうとするけど、離れたくない。
ガラスにへばり付き、足を踏ん張って抵抗した。
「ここにいます!」
「亜子さん、すみませんが……」
嫌だ。絶対に離れない。こんな姿の清彦を置いて行けるわけない!
看護師が「早くお引き取りください」と語気を強めた。
「亜子ちゃん!」
パタパタという足音をさせて清彦の両親が走ってきた。
「おばちゃん!おじちゃん!」
おばちゃんは私がしていたようにガラスに両手を当てて、泣き崩れた。
それを水島さんがそっと介抱する。
おじちゃんが私の肩を抱いて「この子は家族です」と看護師に言ってくれた。
「そういうことでしたら」
そう言い残し、看護師はいなくなった。
「亜子ちゃん、大丈夫か?」
おじちゃんが優しい顔で私に声を掛ける。
「いえ……清彦が……あんな姿で……私ちっとも大丈夫じゃありません……」
足に力が入らなくてしゃがみそうになる私をおじちゃんは力強く抱きしめてくれた。
「亜子ちゃん、一緒に頑張ってくれ」
私は無言で頷いた。




