33,★★事故
また亜子に振られた。
だが今回は平気だ。
亜子は揺れていた。
「みんな、おはよう」
署に到着し、支度を整え、ミーティングを開始した。
いつもの警報が鳴り出す。
隣町での大規模火災の情報を聞きながら、ものの数秒で防火衣を装着する。
「揃ったか?」
「「「「はい!」」」」
消防車に乗り込み出動させた。
現場は先着した隊により取り仕切られている。
商業施設のビル火災、建物が密集しているから、隣に延焼してしまっていた。
「真壁隊5名で現着しました。現状報告を」
本部に向かい、指示を仰ぐ。
「ああ。とにかく放水を頼む。右のビルからも火災発生しているので、そちらを重点的にお願いする」
「了解です」
隊に戻り、指示を出す。
「右のビルだ。林は車に残って、ポンプの操作を頼む。田浦と水島は前方を、俺と中村で水利を確保してくる」
それぞれに気を引き締めた表情で、持ち場に着いた。
次々と消防車が到着し、現場が混乱してくる。
が、隊の仲間を信じてやるべきことをやるだけだ。
日頃から訓練や行動を共にしている。
無駄のない連携に、これまでやって来たことの意義を見い出す。
消火栓を開けホースを繋ぎ、林のいるポンプ車と繋ぐ、前方の田浦が筒先を構え放水を待っている。
「放水はじめ!」
大きな声の号令と共に、勢いよく水が吹き出した。
ホースの水圧はすさまじいもので、鍛え上げた俺たちの肉体でもなかなかキツイ作業だ。
それだけ頑張っても、ビル火災の前では俺たちの放水なんて微々たる抵抗にしか思えなくなってくる。
田浦と水島が交代で放水に奮闘している。
代わろうと、前方に向かった。
バシバシバシバシ……
初めて聞く、不気味な音に、思わず寒気がする。
その場にいた消防関係者が、この異様な物音に息を飲んで反応した。
「なにかおかしいぞ!放水やめ!」
「放水やめ!退避!退避だ!」
怒号が飛び交うが、必死で放水をしている田浦と水島には届いてない。
林に水を停止させ、前方に走る。
「退避だ!」
弱まった水圧に異変を感じとり、水島が振り返った。
「走れ!こっちに来い!」
逃げ遅れた田浦に叫びながら、走って向かう。
「田浦!走れ!」
ホースを投げ出し、走り出す男たちの背後から、巨大なビルの壁が崩落した。
◆
一瞬の出来事で何が起きたか状況が飲み込めない。
火点に放水をしていたら、水圧が下がって、真壁さんが走ってきて……
地面に突っ伏し、薄暗くて、埃っぽい空間にかろうじて俺の体が納まっていた。
「痛っ!」
腕を挟まれ、身動きが取れない。
理解したくはない恐ろしい事態が起きたのだと、体感で分かってくる。
「真壁さん!」
ビルが崩れたんだ。
下敷きになったが、俺は生きている。
水島は?真壁さんは?
俺たちに危険を知らせに走って来た真壁さんは無事だろうか?
「おい!誰か!」
俺の声は目の前の瓦礫に反射し、うるさいほどに増幅する。
しかし外は……恐ろしく静かだ。
一体どこまで被害が……
さっきまであちこちから放水作業をしていた無数の消防員を思い浮かべる。
「誰か!ここだ!」
崩れた瓦礫が複雑に折り重なっている。
バランスを崩せば人なんてひとたまりもない。
こんなところでぺちゃんこになるのはごめんだ。
「おい!誰か!ここだ!」
生存者を知らせる為、声は出し続ける。
左肩から下の感覚がないが、今は想像したくない。
どうかまだくっついていてくれよ。
声を出し続けていたら、応答があった。
「林!俺だ!左腕が挟まって抜け出せない!」
「今助けます!」
林と中村と顔を知らないレスキュー隊に救出された。
担架で運ばれる。
「水島は?」
「軽傷です」
「……真壁隊長は?」
嫌な汗が流れた。
「まだ……見つかっていません……」
俺と水島はビルを背に走っていた。
でも、真壁さんはそんな俺たちに向かって突っ込んできていた。
なんでだよ……
危険と隣り合わせの仕事をする俺たちは、自らの安全を第一に考えるよう、厳しく言われている。
それを誰よりも分かっているはずなのに……
俺も一緒に捜索したいと志願したが、救急車に乗せられ、病院に搬送されてしまった。
「田浦司さん、でよろしいですね?レントゲンを撮りますので、どうぞこちらへ」
事務的な口調で検査を終え、病室のベッドに横たわる。
どうやら複雑骨折で済んだらしい。
時間はかかるが、元の生活に戻れると聞いて、胸を撫でおろした。
窓越しに外を眺める。
走ってきた救急車のサイレンが鳴りやみ、病院へ運ばれてくる度に、走って確認に行きたくなる。
真壁さん……
生きてて欲しい。
俺が周辺の注意を怠ったばっかりに……
「くっそ」
無事な右手で、強く太ももを叩く。
「田浦?生きてる?」
そっと病室の扉が開き、水島が立っていた。
「冗談キツイゼ。生きてるに決まってんだろ」
どこにも包帯を巻いていない水島を見て、危うく泣くところだった。
「重傷だな」
俺を見て苦々しい笑顔を向けてきやがる。
「大したことないよ。それより……真壁さんは?」
水島は目を伏せ、目を瞬かせた。
そこから大粒の水滴が、いくつも落ちてくる。
「意識が……戻ってない……」




