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あうん  作者: あおあん
この春の出来事

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32/44

32,☆揺れる

公園に呼び出されて行ったら、清彦が福ちゃんを遊ばせていた。


「どうしたの?」


あまり長い時間一緒にいたくない。


どんどん心が持って行かれて、自分を保てなくなるから。


「さっき、ここで田浦と林を見かけたんだ」


なぜかすごく辛そうに見えるけど、清彦が心を痛める必要はないでしょ。


「知ってるよ。ナンパしてたんでしょ?」


「何で知ってるんだ?」


「さっき本人から聞いたの」


「平気なのか?」


平気じゃないけど、それを打ち明ける必要はないと思った。


「林くんに誘われて悪ノリしたって。もうしないって言ってたから許したよ」


少し口を開けたまま、清彦は信じられないという風に驚いていた。


「そうなのか……」


私の片想いはここまでにしよう。


私のことを大切に想ってくれているのは司であって、清彦じゃない。


「もう行っていい?」


早く司に連絡しないと。


時間が空けばあくほど、動きにくくなってしまうから。


「待てよ。亜子、あのな……」


蘇る病室での出来事。


清彦が私に気持ちを告げる時の思い詰めたような表情。


足が震える。


もしまた同じことを言われたら、私は流されてしまう。


今度こそ、引き返せなくなってしまうくらいに清彦に飲み込まれる。


「ごめん。急いでるから」


早足で背を向けて離れる。


福ちゃんが私の足元にまとわりつく。


「福ちゃん、今日はごめんね」


追い付いてくる清彦を背中で感じる。


清彦は友達なんだ……私たちの恋愛関係は高校生で終わっている……今は、もうこうやって二人で会うのすら不自然なんだから……追って来ないで……


「亜子……」


肩にかけられた清彦の手を振り払う。


「司に……ナンパなんて、他の女性と会うなって言っておいて、自分は元彼とこっそり合ってるなんて失礼だから」


清彦のことを『元彼』と自覚したことはなかった。


それくらい自然と、この特殊で歪んだ関係が定着していたんだ。


「田浦は結婚とか考えてない男だぞ」


「清彦には関係ないことでしょ」


「関係ないことあるかよ。亜子が結婚願望があることを俺は知ってるんだ。頼むよ、俺にその夢を叶えさせてくれよ……」


背中から浴びせられるプロポーズに、振り向くことができない。


清彦が何を考えてるのか分からない。


私が離れようとすると『好きだ』と告げてくる。


これまでに、12年もの間、いくらだって機会はあったのに、その時には言わなかったくせに……


「どうしたの?異動が決まって急に寂しくなったの?」


意を決して振り返った。


「この前、紹介するって言った子ね、清彦の次の勤務地と近くに働いてるよ。今からでも……」


ちらっと見えた清彦の顔が、怒っているような泣いているような……


つられて涙が出そうになって、慌てて目を逸らす。


「気が向いたら連絡ちょうだい」


そう言い放って、早足で逃げた。


『結婚』が清彦の口から出たことに動揺していた。






家に着くと、体中の力が一気に抜けて、玄関にしゃがみ込んだ。


これでもう大丈夫。


清彦への想いに振り回されることなく、司と向き合える。


ほっとしてるはずなのに、胸が苦しくて、息ができない。


きちんと司と向き合おう。


これまで傷つけてきた分、償っていこう。






一睡も出来ないまま職場に向かう。


歩道沿いにあるショーウィンドウに映った自分にギョッとした。


こんな顔で化粧品なんて売れないのは分かっているのだけど……


どうやら笑顔の作り方を忘れてしまったみたい。


「困ったな」


横断歩道で信号待ちをしていると、大きな四角い消防車両がけたたましいサイレンを鳴らして通り過ぎた。


遠くからも別のサイレンが聞こえている。


どこかで火災があったのだろう。


司と清彦も出動しているに違いない。


スマホの災害アプリで速報を確認する。


隣町の商業施設で大規模火災が発生していた。


どうか……二人とも安全第一で……


「亜子先輩、大丈夫ですか?」


香保里ちゃんが私の顔を覗き込んでいた。


「え、あ。うん。ちょっとぼうっとしちゃった……」


「ですよね。最近、私もこの音聞くと、どうにも胸がざわついちゃって。不安になります」


通り過ぎた消防車を目で追いながら、香保里ちゃんと信号を渡った。


「香保里ちゃん、最近林くんに会った?」


詮索するつもりはないけど、でも、林くんの女遊びには少し警戒した方がいいと思った。


「昨日、会いましたよ?」


公園でナンパをして、その足で香保里ちゃんに会いに行ったの?


それって、私に会いに来た司と同じなんじゃ……


「デートしたの?」


「んー、デート……まあ、そうですね」


含みを持った言い方が、肉体関係を暗示しているようで、ぞっとした。


「香保里ちゃんは……その……林くん以外の人とも『そういうこと』するって言ってたよね?」


「亜子先輩、朝からどうしたんですか?田浦さんと喧嘩でもしたんですか?」


「そうじゃないんだけど。ごめんね、好奇心でプライベートなこと聞いてしまった。はは。忘れて」


「別にいいですよ。なんでも聞いてください」


香保里ちゃんはあっけらかんとしている。


「ありがと。その……じゃ……香保里ちゃんは気持ちの方はどうやって保ってるのかなって……林くんに後ろめたいとか、そういうことは感じないの?」


「んー。ゼロじゃないけど、ほぼ無いですね。向こうもそんな感じだし、重たく想われたら、同じ重さで返そうって思うかもだけど、私たちはライトな付き合いって割り切ってるんで」


私は間違いなく前者だから、香保里ちゃんの話を聞いても参考に出来ないかも。


それでも、もう一つ聞いてみたいことがあった。


「自分が好きな人と、自分を好きだって言ってくれる人がいたら、どっちといるのが幸せだと思う?」


香保里ちゃんが笑い出した。


何かおかしなこと言っちゃったかな……


「亜子先輩、分かり易すぎです!田浦さんと真壁さんで迷ってるんですね!」




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