30,★なんなんだよ
『あなたみたいな最低な男に、紹介できる友達はいませんでした』
亜子からのメッセージに体が硬直した。
確かに前回のは既読スルーをしたままになっているけど、ここまで怒るようなことなのか?
誰か紹介して欲しいと言ったが、それは亜子との接点を切らない為であって、まさかその日のうちに本当に紹介してくるなんて思いも寄らなかったんだ。
「ったく……勘弁してくれよ……」
泣き言がこぼれる。
これから出勤して、気合を入れて隊をまとめていかなきゃならないと言うのに、好きな女のことで頭がいっぱいだ。
「集中しろ」
世の中の仕事はどれも大変だし、大事だと思う。
だが、俺たちは命がけで命を救う職業だ。ほんの一瞬でも気を抜いてはならないんだ。
「真壁さん、おはようございます」
「おう、おはよう、林」
ここでの勤務もあと10日。
どこに居てもやる事は同じだが、馴染みの面々と過ごす残りの時間を大事にしたいと思う。
「おはようございます、真壁さん」
「おはよう、田浦」
つい先日まで、この男から亜子を取り戻すと息巻いていたが、今はもう微塵の自信もない。
「亜子が怒ってましたよ」
「はい?」
「メッセ無視されて、ぷんぷんしてました」
田浦には筒抜けか。俺がどう小細工しても敵わない気がしてきた。
「ああ、悪い」
「まさかとは思いますけど、亜子と連絡が取りたかっただけとかじゃ無いですよね?俺たちよろしくやってるんで、邪魔しないでくださいって言ったの覚えてますよね?」
「ああ」
亜子には既にこてんぱに振られている。
いくら鋼の意思を持っていたとしても、告白を断られる辛さは耐えがたいもんだ。
関係を壊さないように必死で繋ぎとめてきた俺の下心を田浦に見抜かれて、恥ずかしくなった。
「本当に、大丈夫かな」
田浦がボソッと言った。それから、
「3月30日、俺んちに集合です。真壁さんの壮行会と俺の誕生会を兼ねて、亜子が料理を振舞ってくれるんで、必ず来てください」
と言った。
大きな災害はなく、24時間の勤務を終え、家に向かう。
25、6歳の時に、一度一人暮らしをした事があったが、今の勤務先に配属が変わり、実家から近かったので戻って来た。
ここは亜子の借りてるアパートも近くて、物理的に近距離にいられるから便利だった。
会いたいと思えば、散歩を装って近くまで来られる。
「なにしてんの?」
亜子の部屋を見上げていたら、声を掛けられて跳び上がった。
「変質者みたいだよ」
亜子が冷たい目で俺を見ている。
「あ、すまない。近くまで……いや……謝ろうと思って」
勇気がいったが、本当の事を言うしかない。
「なにを?」
「せっかく友達を紹介するって言ってくれたのに、返事をしなくてすまなかった」
「それだけ?」
他に何かあったか?頭をフル回転させる。……が、何も浮かばない。
「ああ。それだけだけど」
「あっそ。じゃ」
亜子がマンションに戻って行く。
追いかけそうになったが、部屋に田浦がいるかも知れないと頭に過り、踏みとどまった。
本当は追いかけて『好きだ』と伝えたい。
だけど、これが別れの決定打になるのが怖くて、どうしても言えない。
俺がこの街を去る、3月末。
それまでに決着を付けよう。
それまでは、この曖昧だが慣れ親しんだ関係に甘えさせてくれ。
「清彦、これも持って行きなさい」
母と荷物の梱包にいそしむ。
「いらねーよ。んなもん、あっちでも買えるから」
皿だの鍋だの、あってもなくても平気なものばかり押し付けてくる。
俺は衣服やすぐに使うトレーニンググッズなどを箱詰めしていた。
普段はあまり開けることのない扉の奥まで、まるで大掃除のように部屋ごとひっくり返したみたいに散らかっている。
ふと、目に留まった卒アル。
そして、亜子からもらったお土産のキーホルダー。
蘇ってくる記憶に、息が苦しくなるほど溺れていく。
亜子との距離の取り方、関係性、やり取りした一言一言……間違っていたのだろうか。
その都度、最善の選択をしてきたつもりだった。
実際、田浦が現れる前までは上手くいってたと思う。
もう引き返せないのか……?
女々しい気持ちを断ち切るように、俺は勢いよく立ち上がった。
「福ちゃん連れて散歩行ってくるわ」
大きな声で言い残し、老犬の手綱を握った。
この公園は昔から亜子との思い出が詰まっている。
綺麗に整備されているが、遊具が少なく、子どもがほとんどいない。
学生の頃、亜子とこっそりいちゃいちゃした禁断の遊び場だ。
ニヤケながら福ちゃんに引っ張られる。
「あれ?」
ふと、遠くの前方を横切った人に目が吸い付いた。
「田浦……と、林?」
プライベートでも仲が良いとは知らなかったが、職場じゃないんだ、俺が口出しをする必要はない。
二人は手に紙コップのようなものを持ち、公園を横切って行った。
亜子と香保里ちゃんとダブルデートか?
別に詮索してやろうとか、盗み見てやろうとか、そんなやましい気持ちではなく、ただなんとなく、言ってみれば好奇心のようなつもりで、後を付けた。
もし亜子が幸せ満面の笑みで、田浦と過ごしているのなら、よもや諦めのきっかけにもなるかも知れないと……
たまたま福ちゃんが、そっちの方面に手綱を引いてくれたというのもある。
見たいような、見たくないような、複雑な気分だった。
田浦と林が小突き合いながら、楽しそうに話している。
「どっちが可愛いと思う?」
「俺はぜってーピンクの子」
そんな声が聞こえてくる。
ベンチに座ってくすくすと笑う、今時の格好をした、可愛らしい女性が二名。
二人は女性傍らに腰掛け肩に手を回し、各々持っていたカップを手渡した。
亜子でも香保里ちゃんでもなかった……




