27,★リベンジ
駅で亜子を見かけて、足が止まった。
見間違いかと思い、目を擦ったが、亜子は亜子だった。
会いたくてたまらなかった、一目でいい、目を見て話がしたいと思っていた。
遠目で観察を続けたが、一向に電車に乗り込む様子がなく、怖がっているのだと分かった。
俺も亜子に話しかけるのは勇気がいったが、二度とないチャンスかもしれない。
握った手の平には汗をびっしょりとかいていた。
ズボンで拭って亜子に近寄る。
「おはよう、亜子」
逃げられたらどうしようと考えていたが、有難いことに口をきいてくれた。
やっぱり混雑した電車に乗れないようだったから、促して同じ車両に連れ込んだ。
こんな時間にまともな格好して駅にいたんだ、どうせ本社にでも行くのだろう。
という事は、亜子が降りるまでは5駅しかない。
俺は勝負をかける。
……うまいこと、奥のスペースで亜子を隔離できた。
それ程、押し合いへし合いではないが、亜子に近付くため苦しそうに装う。
亜子に俺の鍛え上げた筋肉を見せつけ、髪の匂いを嗅げる。
一石二鳥だな。
「ごめんね、きついでしょ?」
「ああ」
何ともないが、恩を着せておこう。
「お前さ、ちょっと言いたかったことがあるんだけど」
「なあに?」
ふさふさの睫毛とぱっちりな二重がたまらない。
「まーちゃんのどこが『いい子』なんだよ」
亜子がムッとした顔で、下唇を出した。
「いい子だよ。どうして上手くいかなかったの?」
「ちっともいい子じゃなかったから上手くいかなかったんだよ。あんなの勧めてくるなんて亜子はなかなかひでぇ女だ」
「ええぇ……そんなぁ……」
亜子が目を瞑った。
うっかりキスをしないよう、気を引き締める。
「新しい勤務先に行ったら知り合いもいないからな。誰か他の子紹介しろよ」
とにかく次に繋がる約束を取り付けたい。
「私ももう紹介できる子なんていないよ……」
「誰でもいいから」
自分が恐ろしく軽い男に思えてならない台詞だが、背に腹は代えられない。
「うーん、考えとく」
「連絡しろよ」
「分かった」
よっしゃ!
俺の目的が果たされたところで、亜子の本社がある駅に到着した。
背中を押して、一旦、一緒に降りてやった。
「気を付けて行けよ」
「うん。ありがとね。じゃ、また」
『また』が聞けてよかった。大成功だな。
ベルが鳴り、慌てて自動ドアに飛び込む。
顔がにやけてるから、気持ち悪がられないよう、ガラスに額を押し当てて笑みを噛み殺した。
久しぶりの生亜子の興奮は冷めやらないが、4月からお世話になる消防署に挨拶に伺う。
ここの隊にいたベテランが移籍し、その穴埋めに俺が入ったようだった。
「真壁隊長、よろしくお願いします!」
若いな。弾けるような笑顔が印象的な隊員だ。
一通り顔合わせを済ませ、不動産屋に向かった。
ワンルームの小さな部屋と、2部屋ある少し大きめの部屋を内見した。
そもそも寝に帰る場所さえあればいいと思っていたが、亜子に会ってしまい、考えが変わった。
「大きい方の部屋にします」
30歳という年齢が仕事に与える影響は少なからずある。
俺たちレスキュー隊にとって、体力は何よりも重要視される要素だ。
まだ衰えを感じているわけではないが、これから下り坂に差し掛かる予感はある。
仕事ばかりを優先した人生を送ってきたが、そろそろプライベートも考えたい。
亜子が20代での結婚にこだわっていた理由が、理解出来つつあるのだ。
田浦が亜子と結婚しないなら、俺がもらう。
「真壁さん、あっちはどうでしたか?」
戻ると早速、林と中村が話しかけてきた。
ここで俺が率いる隊のメンバーだ。これに田浦と水島を加えた5名で活動している。
「まあ、いいんじゃないか?」
「ははは。なんすか、それ」
機材のメンテナンスで手を動かしながら、おしゃべりを続ける。
この隊の中で唯一の既婚者、中村の話が聞きたい。
「中村は実家だったっけ?」
「はい。妻の両親と同居してます。子どもの世話を義母が手伝ってくれていますので助かっています」
子どもか……亜子と、子育て……楽しそうだ。
「俺は無理っす。同居とか嫌ですし、子どももまだ考えられないっす」
林は20代半ばだ。
「俺もお前くらいの時にはそう思ってたよ」
「俺も結婚は考えられないですね」
田浦が会話に入ってきた。
こいつに結婚願望がないことは前々から知っている。
「亜子はなんて言ってるんだ?」
それとなく聞いてみる。
「そういった会話がそもそも出ないんで、向こうも別に考えてないと思いますよ」
これまで田浦と亜子の関係を直視できず、聞かないようにしてきたプライベートだが、放っておけなくなってきた。
機材を触りながら、もう少し踏み込んだ質問をしてみる。
「亜子が結婚したいって言い出したらどうするんだ?」
「ないと思いますけど……説得しますかね。結婚イコール幸せじゃないじゃないですか。俺は今のままの関係を続けていきたいって思ってるんで、亜子も話せば分かってくれると思いますよ」
これは各々が持つ『価値観』というやつだから、田浦がどう思おうが俺には関係ない。
が、亜子が田浦の価値観を承知のうえで付き合っていないのなら、無関係ではいられない。
「真壁さん、言っておきますけど、俺と亜子は幸せにやってるんで、ちゃちゃ入れてこないでくださいよ」
「分かってるよ」




