25,☆いい彼氏
母と田浦くんと3人で帰ってきた。
母は田浦くんをすっかり気に入り、もともと人当たりの良い田浦くんも母にとても親切だった。
「荷物持ってくれてありがとう」
マンションの下でお礼を言った。
9月下旬、時折秋の風が吹くけど、まだ半袖で充分な気候だ。
「まさか、ここで追い返すつもりじゃないでしょうね?私は先に帰るから、お茶でも出して差し上げなさい」
母が強引に田浦くんの背中を押した。
お化粧はしてないし、泣いたせいで瞼が腫れていて、あんまり見られたくないんだよなぁ……
「すぐに失礼するよ」
小声で囁かれ、耳がカーッと熱くなった。
耳を手の平で隠しながら、部屋に招き入れる。
「心労は俺のせいもあるよな。反省してるんだ、ごめんな?亜子さん」
思いがけず、謝られてどぎまぎしてしまう。
「ま、まさか。田浦くんのせいじゃないよ……」
言ってから、『じゃ、誰のせい?』って聞かれたらどうしようと、狼狽してしまう。
急須にお茶の葉を入れながら、心の中で言い訳を繰り出す。
もちろん清彦のせいだし、まーちゃんと清彦のせいだし、清彦が全部悪いんだし。
「俺にそんな影響力ないか」
そう言いながら、後ろからハグされた。
心の内を見透かされたような気がして、居心地が悪い。
「影響力なら……あります……」
こんなに動揺して、自分の脈が打っているのを感じている、これは紛れもなく田浦くんのせい。
腕の中で振り返ると、目の前に田浦くんの顔があった。
昼のベッドの中でのキスが思い出されて、ねだりたくなってしまう。
「亜子さん、無理してない?」
「してない」
目と目が合って、唇が重なり合って、ようやく田浦くんと心も一つになれた気がした。
「やっぱり早起きなんだね」
6時に目が覚めたら、田浦くんは寝転がったままスマホを見ていた。
「習慣ってやつだよね。ごめん、起こした?」
「ううん。眠りが浅い方なの。明け方から寝たり起きたり繰り返してていつもこんな感じ」
私ものんびりと寝ころんだまま、窓の外を眺める。
遠くで消防車のサイレンが聞こえた。
「行かなくていいの?」
「今日は行かなくていい」
もう少しこうしていられるのかと思うと、無性に嬉しさが込み上げてきた。
「田浦くん、ありがとう」
「ん?」
不思議そうな顔でこっちを見た。かっこいいと思う。すごく。
「もっと言って」
そう言って田浦くんに抱き付かれる。
「ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう!」
髪の毛をわしゃわしゃと撫でながら、じゃれ合った。
「今日はさ、お好み焼き食べに行かない?」
入院中に待合室で見たバラエティー番組が頭から抜けないのだ。
「ホットプレートあったら、俺、作るよ?」
「持ってないの……」
「じゃさ、俺んち来ない?タコ焼も出来るやつ持ってる」
親指を立ててグーってやってる。田浦くん、最高!
「こんないいとこ住んでるの?」
閑静な住宅街で、ファミリータイプのマンションだよね?
「異動してきたとき、ここしか物件が無くてさ。ちょっと高いけど、一応家賃補助も出てるし」
「そうなんだ……」
3階まで階段を使った。
本当に一人で住んでるのか疑ってしまう。
だって、やっぱり、これは……
部屋はさっぱりと片付いていて、トレーニング器具がまばらに置いてある。
「その辺に座って待ってて」
田浦くんはテキパキと買ってきたものを冷蔵庫に入れ、手を洗って台所に立った。
「私もなにか手伝うよ」
お客様じゃないんだから、ただ座って待っているというわけにもいかない。
「じゃ、キャベツ刻んでくれる?」
結局、お好み焼きもたこ焼きも食べようという事になり、材料はとても二人分とは思えないほど買い込んでしまった。
「飲みながらやる?」
「うん!」
缶ビールを開け、立ったまま乾杯をした。
「昼から飲むって最高だね」
「本当。私、体調不良で休んでるくせに、こんな事してバチ当たるんじゃないかな」
半分冗談だけど、半分本気な感じ。
「大丈夫っしょ、俺が守ってあげるって」
こういうことをさらりと言えちゃうのは……職業柄なのかな?
でも、清彦は言わないよな、なーんて、思い出しそうになって、頭から押しやる。
「さ、後は焼くだけだ」
田浦くんは日常的に料理をしているようだった。
本当に手際が良くて、彼女なんかいなくたって、自炊も家事もなにも問題ないんだろうな。
「こんなに大きなホットプレート、どうして持ってるの?」
「ああ、職場のメンバーが誕生日にくれた。んでもって、俺んち来てどんちゃん騒ぎして、迷惑かけられた」
「ははは。ノリが良さそうだもんね?」
「そうそう。俺、誕生日が3月30日なんだけど、ちょうど異動が決まってた先輩の送迎会も兼ねてやろうとか言い出して、マジで大惨事」
「はは、大変だったね」
田浦くんは一見クールなんだけど、しゃべり出すと案外ひょうきんで、話が面白い。
「子どもの頃からいっつもそうなんだよ。誕生日は春休み中で、クラス替えや卒業式のせいで新しい友達も古い友達も集まんなくて、こうやって何かのイベントにくっつけて開催されるんだ。ついてないよな……」
しょんぼりしてる田浦くんを笑ったけど、馬鹿にしたわけじゃない。
「私も同じ!8月で夏休み中だから、お誕生会開いてもらえなかったの!」
まさか同じ悩みを抱えてたなんて。
上手くやっていけそうな気がした。
田浦くんとは食の好みも、孤独な悩みも、共通点が多いし、自分を押し付けないところとか、私の気持ちに寄り添ってくれるところとか、一緒にいてストレスが少ない。
こうした日常生活を通して、幸せを感じられる人と結婚できたら、間違いなく幸せになれるだろうな。
この付き合いを、大切に育てていきたいな、と心から思っていた。
……そう、この時は、本当にそう思っていた。




