23,☆一人失恋
「清彦くんって、いつの話をしているの?あなたまさか、まだ好きなの?」
田浦くんに気付かず、余計なおしゃべりをしてる母を黙らせたい。
「お母さん、いいから!」
視線を逸らしてくれている田浦くんに胸が痛む。
「あら、さっきの人この人よ。わざわざご丁寧に、お花を買って来てくださったの?まあ、素敵、ありがとうございますね」
「ちょっと、外してくれない?」
さすがに雰囲気を察したのか、母がそそくさと退席した。
「田浦くん、ごめんね」
「なにに謝ってるの?」
言葉を失う。
「なんて、意地悪言ってこっちこそごめん。亜子さん、大丈夫?」
黙って頷く。
「香保里ちゃんから、亜子さんが倒れたってメッセ来てたの、さっき気付いて……来てみたらお母さんいらしてたから、花買いに行ったんだ」
どこまでも優しい。
花瓶を置いた田浦くんが、そっとベッドに腰掛けた。
向き合って目が合う。
二度目のキスの予感。
ぎゅっと目を瞑った。
「亜子さん、亜子さんも真壁さんのこと好きなの?」
はっと目を開ける……
「まだ好きなの?」
目を逸らしてしまった。
「大丈夫だよ。俺、まだやれる。少なくとも亜子さんに嫌われてるわけじゃなさそうだから、真壁さんより好きになってもらえるよう努力してみるよ」
さっと立ち上がり、爽やかな笑顔を見せてくれた。
「じゃ、俺、勤務明けで寝てないから、もう帰るね。起きたらメールしていい?」
「うん。待ってる」
田浦くんは颯爽と走り去った。
ぼんやりと、向かいの空いているベッドを眺めて過ごす。
特にする事はないし、母も帰ってしまった。
スマホの通知は一応ONにしている。
田浦くんからはまだ連絡はない。
「亜子先輩」
元気な声がして、まーちゃんがカーテンから顔を出した。
「来てくれたんだ」
突然シフトに穴を開けてしまったことを謝りたいと思っていた。
「まーちゃん、昨日はごめんね。私、よく覚えてないんだけど……」
まーちゃんの後ろに大きな影があるな、と思った瞬間、心臓がドキンと跳ねた。
「どうした?」
清彦の顔がまーちゃんの頭上から現れた。
心の準備が整っていなかったから、呼吸が乱れた。
また激しい耳鳴りが頭を絞め付けてくる。
「お前んとこ、そんなブラックだったの?」
「まさか!全然ですよね?亜子先輩、本当はどこか病気とかじゃないんですか?」
密着してしゃべる清彦とまーちゃんを見てると、涙が出そうになった。
「おい!そんなに辛いのか?医者呼ぶ?」
清彦が慌てている。
「大丈夫、ちょっと……あの……せっかく来てもらったんだけど……」
もう帰って欲しい。
「真壁さん、長居はよくないですから、私たちもう行きましょう?」
まーちゃんが清彦に腕を絡めた。
「あ、ああ」
首を捻ってこっちを見たまま、連行されていく清彦。
「まーちゃん……悪いんだけど、先帰ってくんない?俺、ちょっと亜子と話があんだわ」
ゆっくりとした動作で、清彦がまーちゃんの腕から逃れた。
「……それはちょっと」
露骨に不快感を表すまーちゃん。
「まーちゃんが心配してるようなことじゃないから」
清彦がまーちゃんの肩をそっと掴んで後ろを向かせた。
「下で待っててもいいですか?」
まーちゃんが食い下がる。
「いいよ。じゃ、10分頂戴」
ぺこりと私にお辞儀をして、まーちゃんは行った。
「彼女、すごいパワフルだよな」
清彦がベッドの足元に座った。
横を向いていて、私には表情がよく見えない。
「俺に好意を持ってくれている」
「うん」
「付き合って欲しいって言われたんだ」
「うん」
「亜子はどう思う?」
「……」
「田浦と仲良くやってんだろ?俺がまーちゃんと付き合った方が、田浦もお前も嬉しかったりするか?」
「……私に決めさせるの?」
「俺の気持ちは言ったよな?亜子が好きだよ。でも亜子が俺のことを好きになれないなら、側であーだこーだ言われても迷惑だろ?だから、その辺わきまえようかと」
親指の爪を摘まむようにいじっている。昔から、悩んでるときの清彦の癖だ。
私が清彦を苦しめている。
告白を保留にし、自分の気持ちを言わないままに……
「私がいいって言ったら、まーちゃんと付き合うの?」
「そういうことになるかな」
「私がダメって言ったら?」
「その時は、俺と付き合えよ。そういうことだろ?」
息をつめて返事を考える。
ブブッ
微かに震えたスマホに、体がビクッと跳ねた。
ふわっと画面に浮かんだメッセージ。
『俺だけを見て』
田浦くん……
清彦に気持ちはある。これが恋なのか、長年一緒にいたからの執着のようなものなのか分からない。でも、田浦くんを裏切るほどの力はないみたい。
「まーちゃん、いい子だよ」
気が付いたら、そう言っていた。
「そうか、分かった」
清彦は振り返らずに歩いて行った。
どれだけ泣いただろう。
頭がぼうっとして、何も考えられない。
うつらうつらと寝たり起きたりを繰り返した。
涙も鼻水も顔に乗っけたフェイスタオルに全部吸ってもらった。
「ふぅ~」
鼻が詰まって息が苦しい。
体を起こして、水を探す……
「ひぇっ!」
田浦くんがペットボトルを差し出してくれていた。
「いつからいたの?」
最悪だ!タオルを顔にあてて布団を被る。
「ごめん、ずっといた」
嘘でしょ!泣いたの見られてた!
「亜子さん、ありがとう。俺のことを選んでくれたんだよな」
もしかして、清彦との会話を聞いてたのかな。
「今はさ、罪悪感から俺といてくれるのかも知れないけど、それでも俺は嬉しいよ」
布団を捲られ、田浦くんの頭が潜ってきた。
優しく微笑む目で、私の瞳を覗き込まれる。
「亜子さん可愛い」
そう言って長いキスをされた。




