20,☆揺れまくる心に振り回される
私の職場、デパートのコスメ売り場は休日の午後は賑わう。
サンプルをお試しいただく為に並べてある椅子は常に満席で、立ったままの接客をすることも出てくる。
「いらっしゃいませ。本日はどのような物をお探しですか?」
私と同じくらいの歳のお客様がお子さま連れでいらした。
「今度友人の結婚式に……あ、こら!ちょっと!触らないで!」
小さい女の子がお化粧品に興味を示すのは仕方がないことだ。
「こちらにどうぞ」
偶然空いた椅子に促すと、お母さんはお子さんを抱っこした。
「華やかな会場では、ナチュラルメイクは逆に浮いてしまいます。少しお色味を足して……」
多色のチークパレットに筆をくるくるする。
「ママー!私もやりたーい!」
伸びてきた手を交わす。危ない、危ない。
「頬骨の上の方で、黒目の下にポンポンと乗せるようにしてください。こめかみの方にはお色を乗せないようにしてくださいね」
簡潔に要点をまとめて、商品説明をした。
くねくねと体を捩る、軟体動物のような子どもの相手を一日中……お母さんって大変だな。
「分かりました。それと、チークに合う口紅をください」
瞬く間にお会計を済ませ、お客さんは嵐のように去って行った。
「私には無理です」
まーちゃんが隣に立っている。
「子育てとか、絶対無理」
苦いものを噛み潰したような顔をしている。
「そうなの?子ども嫌い?」
まーちゃんとはここのところずっと気まずかったから、話しかけてきてくれて嬉しかった。
「嫌いです。自分の時間なくなるから」
昨日の、清彦のお母さんを思い浮かべてしまった。
確かに、自分の時間なんてないだろうと予想はできるけど、決して不幸せとは思わない。
「真壁さんって家庭的ですか?」
気まずい原因の清彦のことをド直球で聞かれて、たじろいでしまった。
「告白しようと思ってるんです」
「まーちゃん……」
「私の気持ちを打ち明けても構いませんよね?亜子先輩には田浦さんがいますもんね?」
もちろん、私にまーちゃんの告白を止める権利なんてない。
「そうだね」
「私、今夜真壁さんと会うんです」
「そうなんだ」
「怪我をしてるから私が真壁さんちの近くまで行くことになっています」
「そう」
「亜子先輩は真壁さんのこと何とも思ってないですよね?『ただの友人』で合ってますよね?」
ほんの一瞬、動きが止まってしまった。
「うん」
「それが聞けてよかったです。あとから横やり入れてこないでくださいね」
まーちゃんが入店されたお客様の接客に行き、私は一人になった。
縮み上がった心臓に無意識に手を当てる。
怖かった。
また嘘をついてしまった。
いつから私は平然と自分の気持ちを偽るようになってしまったのだろうか。
早番を終え、18時に従業員用のゲートを出た。
「田浦くん?」
スマホをいじっている男性に声を掛けた。
目深に被ったキャップの下から、綺麗な歯並びの笑顔がこぼれた。
「やっぱり」
「亜子さん、一緒に晩飯食いましょう!」
無邪気なお誘いに、ふっと笑ってしまう。
「俺、亜子さんちに行ってみたい」
「え?今から?」
「はい。今から。部屋片付けるんなら、何時間でも外で待ってます」
「何時間でもって……あはは。さすがにそんなに散らかってないってば」
笑いながら、自然と歩き出す。
「餃子を買って帰りませんか?いい店知ってるから。ビールも買って帰って、家で焼きながら食うとかどう?」
「最高だね」
田浦くんの提案に乗ることにした。
5分程お待ちいただいた。
「どうぞ」
「おじゃましまーす」と言って、田浦くんが部屋に入ってきた。
体格がいい男性がいると、狭い部屋に圧迫感を感じる。
キッチンで手を洗いながらキョロキョロしている。
「あんま見ないで……」
「あ。すみません。つい」と言いつつ、めちゃくちゃ見てる。
「ご飯炊くでしょ?ちょっと待っててね」
とりあえず、買って来た鶏皮ポン酢とヤゲン軟骨の唐揚げをお供に、ビールを並べた。
「亜子さんっておっさんっぽいもの好きですよね?」
「気付いた?そうなの。昔から、こういうのが好きなんだよね」
笑いながらつまみを口に入れた。
「でも、真壁さんは子どもみたいな食いもん好きじゃないですか?」
「……」
田浦くんから清彦の名前が出て来るとは思っていなくて……
「よく一緒に食事に行くって言ってましたけど、なに食ってんですか?」
「清彦が?そんなこと言ったの?」
「はい」
どういうわけか何も考えられなくなって、清彦と食事をした思い出がさっぱり出てこない。
「えっと……唐揚げとかグラタンとか……」
清彦の好きな食べ物が思い浮かんできてしまった。
「へえ」
「私はあんま辛いのは食べないんだけど、清彦はタバスコ好きで、あと、揚げ物は全般好きなんだよね」
なにを口走ってんだか……
「聞いといてなんですけど」
田浦くんが立ち上がって迫ってくる。
「やっぱ、亜子さんから真壁さんのことなんて聞きたくないや」
いつもほんわかしている田浦くんの目が鋭くなり、私は何かを射貫かれたように固まった。
「亜子さん、好きです」
伸びてきた田浦くんの両手で頭を包まれ、唇を奪われた。
「亜子さん、俺を見て」
瞳を捕らえられ、少しも動けなかった。




