19,☆こういうところが好き
おばちゃんが連絡をくれたから。
ほら、ラッシュガードも返してなかったし。
最後、失礼な感じで帰ってきちゃったのもあって……
ブツブツと心の中で唱えながら、清彦の家に来てしまった。
それでもチャイムを鳴らせずにうろうろしていたら、福ちゃんの散歩に行こうとしていたおじちゃんに見つかった。
「ああ、亜子ちゃん、いらっしゃい」
「こんにちは」
「清彦なら、未だ帰ってないよ。時間あったら、福ちゃんの散歩頼めるかな?」
「はあ……」
なんとなくリードを預かって公園を歩いてた。
福ちゃんは自分のルートが決まっているのかいないのか……とにかく、こっちのいう事はさっぱり聞いてくれない。
「亜子、ありがとな」
耳障りの良い聞き慣れた声に名前を呼ばれてゾクッとした。
「清彦、あのさ……」
どうしようもなく体が動き出してしまったんだよ、退院するって聞いて居ても立ってもいられなくなったんだよって、私に起きている変化を説明したかった。
……だけど、ちょっと早すぎたのかも。
「おばちゃんが夕飯食べてっていいって言ってくれたんだけど、伺ってもいい?」
当たり障りのない社交辞令のような言葉しか出てこなかった。
「田浦と上手くやってるのか?」
そんな意地悪なことを聞いてくる。
泣きながら病室から出たところに、田浦くんは待っててくれた。
まさかいると思ってなくて、私は慌てて、笑顔を繕った。
『無理しなくていいよ』
田浦くんは優しく寄り添ってくれていた。
どうして泣いているのか、清彦とどんな話をしたのかは聞かず、静かに運転をしながら、たまに「あそこ旨いから今度一緒に行こう」とか、「亜子ちゃんの好きそうな店を知ってるから連れて行きたい」とか、私たちの未来のことをポツリポツリと言っていた。
田浦くんと一緒にいると、純粋に『幸せ』って思えた。
「……うん……まあ」
そう答えるしか思い浮かばない。
清彦といると、必要以上にそわそわする。
「俺の言ったこと考えてくれたか?」
当たり前でしょ。
考えたくなくても考えてしまうに決まってるでしょ。
ちょっとムッとした。
「……ううん……まだ」
どう答えていいか分からず、嘘をついてしまった。
『嘘つきはお互い様』だよね。
清彦は『仲良しのふり』をしていた。
ずっと私のことを『好き』って思いながら、『友達のふり』をして相談に乗ってくれていた。
これまでの関係は全て嘘の上に成り立っていたの?
不思議でならない。
どうして気が付かなかったんだろう。
「お邪魔します」
福ちゃんの足を洗って、お庭から上がらせてもらう。
「どうぞ、どうぞ、もう少しで出来るから、ゆっくりして待っててね」
清彦のおばちゃんは明るくて、いつでも元気。
畳の間、大きなちゃぶ台、緑茶を片手に新聞を広げるおじちゃん。
ずっと変わらないもんなんだな……
高校生の時、よく遊びに来た。
清彦にはすぐに私たちを冷やかしてくるヤンキーっぽいお兄さんと、迷惑そうにこちらを睨みつけてくる不愛想な弟がいた。
そんな絡み辛い二人から私を守ってくれる清彦が、私は大好きだった。
よくケンカもしたし、ひょっとすると気が合わない方なのかもしれない。
なのに、心はいつも落ち着かなくて、こっちを見て欲しくて、私は常に清彦にどう思われるかを意識して過ごしていた。
気になって、気になって仕方がなかった……
もしかして、今でもそうなのかな。
「はい。遠慮しないで、どんどん食べてね」
天ぷらがてんこ盛りになった大皿が出された。
「いくらなんでも揚げ過ぎだろ、男三人じゃないんだから……」
清彦が呆れてる。
「だって。亜子ちゃんが何が好きか分からないじゃない?余ったら、明日も私が食べるんだから、好きにさせてちょうだい!ね?亜子ちゃん?」
おばちゃん、可愛い。
笑ってしまった。
「亜子ちゃん、ビール飲むか?」
おじちゃんに勧められて、遠慮なくいただいた。
「それじゃ、乾杯」
喉が乾いていたのか、いつもよりビールが美味しく感じられた。
清彦が黙って、塩と七味を私の前に並べてくれた。
こういうところだ。
こういうことを自然とやってしまう清彦が好きだ。
「あ、亜子ちゃん、そっち?」
おばちゃんが目を丸くしている。
「亜子は天つゆ要らないから、俺がもらう」
食べ物の好みとか、好きな映画とか、私たちはいまいち噛み合わない。
だけど、お互いの好きを把握していて尊重し合えるから、それで困ったことはない。
『私たちの歴史が成せる業?』
不意にそんな気持ちが過る。
ずっと前に知り合って、共有した時間が長いから……
それはまだ私と田浦くんには形成できないものだけど、
同じく時を重ねれば、田浦くんは清彦を超える?
比べるべきではないと分かっているけど、どちらか一方を選び、どちらか一方とは縁が切れる……こんな大切な決断を比べずに出来るわけがない。
大好きな海老とさつまいもの天ぷらをお腹いっぱいにいただいた。
「おばちゃん、ご馳走様でした。とても美味しかったです」
「また来てね。亜子ちゃんならいつでも大歓迎だから!もう、このまま清彦のこともらってくれないかしら?なんてね」
「母さん、酔っぱらい過ぎ」
清彦に叱られて、おばちゃんはしょんぼりとおじちゃんの腕の中に納まった。
「相変わらず仲いいね」
玄関でのお二人の様子が羨ましかった。
あんな夫婦には誰だって憧れる。
「そうか?いい歳してどうかしてるよ」
そんな風にはちっとも思えない口ぶりだよ。
「例えばだけど……もし私たちが……私もあんな夫婦になる可能性ってあると思う……?」
私も酔っぱらっていたのだと思う。
何を口走っているのか、自覚がなかったかも。
「……俺たちには、俺たちの夫婦の形が出来るんじゃないか?」
清彦のもっともな返事に、どういうわけか私は少し傷ついた。




