18,★踏んだり蹴ったりだ
「車で待ってる」
田浦は亜子にそう告げると、静かに部屋を出て行った。
「どうして来たんだ?」
亜子が田浦に大事にされていることは、見ればわかる。
俺の見舞いに来ることは、面と向かって田浦を傷つけていることにならないのか?
「だって心配だったから。それに……本当は迷ってたんだけど、田浦くんが一緒に行くって言ってくれて嬉しかったし……」
嬉しかった?
「田浦くんは私と清彦がただの仲良しって思ってくれてるし、私たちの関係を理解してくれてると思うよ?」
俺たちの関係?
「俺は亜子のことを『ただの仲良し』だなんて思ったことはないけど」
田浦がどう思おうが構わないが、亜子には俺の気持ちを分からせたい。
「この前も……清彦そんなこと言ってたけど……私たちが付き合ってたのなんて、もう高校生の頃の話だよ?私たち、その後、そんな関係じゃ無かったじゃん……」
「それはお前が、俺のことを見ないようにしてたからだろ?」
知っている。亜子は、俺のことを意識するが故に目を逸らしてきた。
「えっと……」
「学校で噂になって、俺が迷惑被ったって思ったんだろ?俺は気にすんなって何度も言ったのに、亜子はしゃべった責任を感じてたんだよな?」
亜子が顔面蒼白だ。
「あの時だって、俺は別れたくなんかなかったんだ。だけど、お前が俺から逃げて、話を聞いてくれなかった。だったら『仲良しのふり』するしかないだろ?お前の側にいる為なら、嘘くらいつくよ」
「嘘だったの……?」
「ああ。だから今になって後悔しているし、正直、焦ってる。田浦は本当にいい奴だから、これまでの男とは違う。亜子、俺とやり直そう。お前が好きだ」
ずっと思っていたことを、一旦言葉にし始めたら止まらなかった。
全てを吐き出して、俺はすっきりした気分になった。
「困るよ……」
亜子が涙を零した。
「今さら……」
「まだ間に合うよな?」
一歩下がった亜子に手を伸ばした。
「ごめん……」
亜子は踵を返し扉を引いた。
俺の捨て身の告白はまんまと破れてしまった。
こんだけ引っ張っといて、『まだ間に合うよな』は無いよな。
自分で言っておきながら、鼻で笑ってしまう。
「またこの時期だ」
はしゃぎながら過ごした夏が思い出に変わる頃、俺は亜子にフラれる運命にあるみたいだ。
『高校を卒業したら、もういつものように会えなくなる』
そう感じた俺は、再び亜子と距離を詰めようとして、優斗の頼みに応じた。
亜子が優斗に好意的な返事をするとは思わなかったし、亜子と話せるだけで俺には前進だった。
だからその時に、下心が合ったことは認める。
だが、決して不純な動機とか、不誠実だったとかではない。
本当にその方法しか思い浮かばなかったんだ。
亜子は俺を『恋人』として見ない代わりに、『友人』として迎えてくれた。
いつかはこの関係を変えられるだろうと、必死でその座にしがみ付いてきたけど……どうやら俺の勘違いだったか。
田浦の車が走り出したのが窓から見える。
亜子は田浦に泣き顔を見せたのだろうか。
もう俺とは口もききたくないのだろうか。
「お帰りなさい」
亜子と田浦が病院に来てから3日後、俺は退院して自宅に戻った。
兄貴と弟は結婚してここを出ている。
父さんと母さんが出迎えてくれた。
「馬鹿者」
昔、レスキュー隊にいた、今は消防職員の父に叱咤された。
俺はこの遠征で大事なものを失った。
……家族の期待、仲間の信頼、亜子。
厄年か?
暗い気持ちで自分の部屋に戻った。
ベッドにひっくり返る。
ふと、カーテンレールにかかっているラッシュガードに目が留まる。
「これって……」
海で亜子に貸したきりになっていたはずだ。
「母さん!母さん!」
大きな声で呼びつける。
「なあに?うるさいわね」
「このラッシュガードどうした?」
「亜子ちゃんが持って来てくれたのよ。返すの忘れてたって言ってたわ」
ここに来たのか?亜子が?これ持って?
「いつ?亜子、いつ来たんだよ?」
「いつって……さっきよ」
さっき?今日来たのか?
あまり早くは歩けないが、間に合うかもしれない。
急いで玄関に向かう。
「あら。どっか行くの?」
「ちょっとそこまで」
「なんなの?せっかく夕飯の準備してるのに、すぐに帰って来るの?」
「ああ」
めんどくせえ。
「福ちゃんを散歩に連れてくんだよ。どこ?」
「福ちゃんなら……」
公園で他の犬とじゃれていた。
「亜子、ありがとな」
「おばちゃんに、今日、退院するって聞いて……」
「会いに来てくれたのか?」
そうだよな。そうとしか思えない。
「まあね……」
自由に歩き回る福ちゃんに引っ張られ、どっちが散歩に付き合っているのか分からない。
「清彦、あのさ……」
亜子が話し出した途端、周りの騒音は一切聞こえなくなった。
「おばちゃんが夕飯食べてっていいって言ってくれたんだけど、伺ってもいい?」
「あ、ああ。いいんじゃないか」
亜子は何を考えてるんだ?
あの告白は無かったことになってるのか?
これまでも俺の存在はこうしてはぐらかされてきた。
その結果、現在の、何とも説明の付かない変な関係に落ち着いてしまっている。
「田浦と上手くやってるのか?」
これくらい聞いても構わないだろう。
「……うん……まあ」
曖昧だな。
「俺の言ったこと考えてくれたか?」
はっきり言ったはずだ。
『俺とやり直そう。お前が好きだ』と。
「……ううん……まだ」
「そうか」
持久戦には慣れている。
まだ負けが決まったわけじゃない。
田浦に落ちきる前に、亜子を取り戻せ。




