2,☆失恋してしまうの?
あんなに作ったのに、清彦はぺろりと食べてしまった。
一体全体、どこに消えたのだろう……
お腹は全く出てなさそうだけど。
「じゃ、俺、もう帰るわ」
21時。
「うん。ご安全に。なーんて」
清彦は消防署でレスキュー隊っていうのをやっている。
災害現場にいち早く駆け付ける危険な仕事だよね。
「じゃ、お前も誕生日ドジるなよ」
「清彦じゃないんだから、大丈夫」
「いや。亜子もたいがい抜けてっからな……」
「なんですって?唐揚げ返して!」
こちょこちょ返しをしたかったけど、あっさりと交わされた。
「またな」
「うん。おやすみー」
消防署の勤務は24時間サイクルらしい。
『24時間勤務 → 24時間非番 → 24時間休み』を繰り返してる。
お父さんの影響を受けて、昔から消防士に憧れてたって言ってた。
チャラいのにマジメって……
おちゃらけた姿しか知らないから……
どんな顔で危険な災害現場に救助に行くのか……
謎。
私はデパートのコスメ売り場でBAとして働いている。
美容の専門学校を出た後、本当は大手コスメ企業に就職したかったけど、採用されなかった。
でももう10年やってるし、いい職場だから、これで良かったと思うようにしてる。
ばっちりメイクを決めて、家を出た。
「おはようございます」
私は今日は早番で、明日はお休みにしている。
早く帰って、明日のデートに備えたい。
平日のデパートだからと言って侮ってはいけない。
開店と同時に入店されるマダムは結構多いのだ。
「いらっしゃいませ」
60代の女性かな。ファッション好きそう。
「本日はどういった商品をお探しですか?」
「口紅が欲しいの。なんか、赤っぽいのばかりになってしまって、他の色も試してみたいのよ」
「承知しました。お客様はお肌のお色が白いので、比較的、赤や濃いピンクが似合うと言われています。ですが、同じような色ばかりあっても、飽きてしまいますよね」
「そうなのよ。たくさん持ってるけど、どれも同じに見えちゃうのよ」
「よくあるお悩みです。例えば、こちらはいかがですか?」
朱色がかったオレンジ系を出してみる。
「似合うかしら?」
試着用に塗って差し上げる。
「悪くないわね?」
「お似合いだと思いますよ。ちなみに、こちらも試してみられます?」
次はピンクベージュを試していただく。
「これも似合ってる?」
「少し、お顔が暗い印象になってしまいますので、こちらの場合は、少しチークを足されるといいと思います」
さっと筆でチークを乗せた。
「あら、素敵。私じゃないみたい」
「いつもと違う印象で雰囲気が変わりますよね」
こうしておしゃべりをしながらお化粧品を紹介するのは楽しい。
私には天職だ。
こうして午前中は口紅2本とチークをお買い上げいただき、お昼休憩に入った。
スタッフ専用の休憩スペースで、サンドイッチを食べながらスマホを見る。
「ん?豊?」
明日、プロポーズを受けるかもしれない彼氏だ。
『今日、仕事終わりに会えないかな』
えー。明日でよくない?
せっかく人気のレストランを予約してくれてるんだし、今日は……
あ。でも……
そういうことか。
このままお泊りして、日付が変わる瞬間に一緒にいたいってことね。
29歳と23時間55分、ぎりぎり20代でプロポーズみたいな……
きゃ。ロマンチックじゃん。
悪くないサプライズに気付かないふりをして返信。
『分かった。18:30にデパートでいい?』
『恐れ入ります』と文言付きの、お辞儀をしているスタンプを返された。
仕事しながら念入りに化粧直しをして、その時に備える。
外泊の準備はしてこなかったけど、大丈夫かな……
ま、プロポーズされちゃえば、ちょっとくらい身だしなみが崩れてても平気か。
と思いつつも最低限の化粧落としと基礎化粧品を、社割で購入してしまった。
私服に着替えて、いつものパン屋の前で待つ。
豊は息を切らしながら走ってきてくれた。
「仕事忙しかったの?」
「まあ、そんなとこ。とりあえず、どっか入らない?」
ん?
ああ……食事の時間までは少し時間があるもんね……
「じゃ、軽く飲めるバーに行く?」
食前酒なんて、お洒落でいいよね。
前に一度だけ同僚と行った、雰囲気のいいバーに入った。
大きな水槽があって、サメが泳いでいる。
「私はサングリアを」
「俺は……生ビールで」
何か摘まむものも頼もうとしたんだけど、豊がうずうずしてるみたいだったから、まずは話を。
「明日でよかったのに」
「いや、早い方がいい」
まあね。そりゃ、早い方が、明日の雰囲気もぐっと良くなるかもね。
ドリンクが運ばれてきて、それを持った。
『乾杯』をしようと思ったら、豊は一気に半分以上飲んでしまった。
「あ。喉乾いてた?お水でも頼もうか?」
じっと見つめられる。
あ、きそう!
昨日、清彦に言われた通り、視線を逸らして、少し下を向いた。
プロポーズ……
舞台は整っている。
「あのさ、亜子……」
きたきたきたきた……!
胸が高鳴って、なんかちょっと怖いから誰かに手を握ってて欲しい。
仕方なく、自分の右手と左手を絡ませる。
「申し訳ないんだけど、亜子の期待には答えられそうにないんだ」
「え?」
プロポーズは無しってこと?
「別れてもらえないかな」
「……」
「明日じゃ、さすがに悪いと思って、今日時間取ってもらったんだ」
「そう、なんだ……」
あれ?
ふられちゃった?
困ったな。
こういう時の対処法は、清彦に聞いてないからな……
はっ!閃いた。
『男は手に入りにくい獲物を追う習性があるからな』
昨日のアドバイス……
に従って、黙って立ち上がる。
鞄を持って出口に向かう。
「あ、ちょっと、亜子!」
よし。本当だ。追って来た。
先に店を出て、歩調を緩める。
見失われないように、ゆっくりめに歩く。
「亜子!」
よし。豊が追い付いた。
で?
今、謝るなら、許さないこともないけど。
「お会計は済ませてあるから」
そう言って、豊は来た道を戻って行った。
なにが起きたんだ?
いや、なにも起きなかったのか?
いやいや、起きて欲しくないことが起こったぞ。
なんかもう考えすぎて、頭が痛くなってきちゃった。
テイクアウトしてきたハンバーガーを食べて、シャワーを浴びて、スマホを見たら日付が変わってた。
「あれ?もう?」
何もしてないはずなのに、時間が溶けた。
清彦は絶賛お仕事中だもん。
今日は連絡できない。
明日は……確か、朝8:30に終わるんだっけな……
前に勝手に入れられたアプリで、地域の災害情報を開く。
近くでビル火災発生中だった。
明日も疲れてるよね。
はぁ。相談したい。




