15,★救出
もう鎮火と言っていいだろう。
ここにきて今日で8日目、任務は早めに終わり、午後には帰所することになっている。
隊長として4名を率いてきた。
怪我はなく、無事に任務を終えたことにほっとしている。
避難場所に寄り、最後の点検を行う。
命からがら逃げてきた被災者達は、家を失い途方に暮れた顔をしている。
命は何よりも大事だ。
だけど命さえあれば、他の何を失ってもいいわけじゃない。
気の毒に思いながら、一礼をしてその場を去る。
「お願い!お母さん!アコちゃんがかわいそう!」
幼い女の子から『アコ』と聞こえてきて、思わず立ち止まった。
「我儘を言うんじゃありません。皆、困ってるのは同じなのよ」
母親らしき人は子どもの話を聞こうとしない。
その場でしゃがみ込んで、泣いている少女に声を掛ける。
「どうして泣いてるんだ?」
「ふえ?」
涙でぐしょぐしょの顔で抱き付かれた。
「アコちゃんがいないの。探しに行ってあげたいの。お願いです。一緒に来てぇ」
そのまま少女を抱き上げて、母親の元へ。
「アコちゃんとは?」
「飼い猫です。でも……もう家は燃えてしまって、危険ですし……それに探したところで見つからないと思うんです」
母親の苦渋に満ちた顔が痛々しい。
「私が同行しても構いませんか?長居はしません。周辺を探して、この子が納得してくれたら戻ってきます」
出発までは時間がある。
「ここ!ここ!」
黒焦げになった家屋の見分けは俺にはつかないが、この子は記憶を頼りに家を探し当てた。
「アコちゃーん!どこー?」
動物が隠れているとは思えない。
「危ないから、家には近付くなよ」
女の子の手を繋ぎ、焦げ臭い道路をかがみながら歩く。
「あっ」
それは一瞬の出来事だった。
女の子が俺の手を放し、タタタと生け垣を駆け抜け、倒壊しかけた家屋の下に潜り込んだ。
「おい!こら!」
慌てて追いかける。
崩れかけた柱の空間に身をかがめ、女の子は薄汚れた猫を抱いていた。
「アコちゃん、いた!」
「それはよかったな……」
冷汗が止まらない。
「ゆっくりこっちに出て来れるか?」
傾いた柱に触れれば、この子の上に崩れ落ちて来るだろう。
「ほら、アコちゃんを連れてこっちに……」
手を差し伸べる。
怯え切った飼い猫は、見慣れない俺に驚いたのか『シャーッ』と威嚇をしている。
「アコちゃん、大丈夫だよ?」
女の子が立ち上がろうとしたとき、頭が柱にぶつかった。
ガサッと音がして、もたれかかるように重なり合っていた柱が崩落してきた。
俺は咄嗟に少女の頭上に体を滑り込ませた。
「大丈夫か?」
強張る少女を強く胸に引き寄せる。
このまま這って抜け出せるだろうか……
(痛っ!)
左膝に激痛を感じた。
背中に乗っかる瓦礫の重みが増してくる。
迂闊だった。隊に知らせてから来るべきだった。
どうしたものかと、腕の中の少女と猫を抱く手に力が入る……
「たいちょー!」
「真壁隊長!いますかー?」
林と田浦の声だ。
「ここだ!」
安堵の溜め息が出た。
「今、出られるからな。アコちゃんを放すなよ」
小刻みに震えている少女は、力強く頷いた。
手際よく救出され、少女は林が、アコちゃんは田浦が抱っこした。
俺には『シャーッ』と威嚇していたあの猫は、田浦にべったりと懐いている。
「「せーの」」
俺は、水島と中村にタンカで運ばれる。
「隊長!単独行動は駄目じゃないですか!」
水島の言葉が耳に痛い。
「任務の最終日に怪我なんてして、本部になんて言われるか分かってんっすか?」
林に叱られて、ぐうの音も出ない。
あの猫が『アコちゃん』という名前でなければ、俺だって出過ぎた真似はしなかっただろう。
大した怪我ではないが、自分の身に危険が及んだ瞬間、亜子が頭を過った。
亜子の顔が見たかった。
正直になれなかったばかりに、とてつもない後悔をするところだったと気付くことができた。
情けなく、恥ずかしい事故ではあるが、俺は、この経験に感謝をし始めている。
膝のレントゲンを撮ってもらったら、皿がズレていた。
ベッドに横たわらされて、絶対安静と言われた。
「大袈裟な……」
隊員は先に戻ってしまい、俺だけ近くの病院に搬送されて今に至る。
早く帰って亜子の元に行きたいのに、やはり田浦に先を越されてしまうのか。
どの時点で誤った選択をした?
田浦はこれまで亜子が付き合って来た男性とは違う。
あいつの人柄の良さをよく知っているだけに、俺の想像する限り一番最悪な事態が思い浮かんでくる。
派遣先の任務に集中していたし、田浦も行動を共にしていたことで、亜子のことはしばらく考えないでいられたが……
こうして暇な時間ができると、もう亜子のことで頭が埋め尽くされる。
あんなに近くで同じ時間を過ごしてきたのに、肝心なことはなに一つ言って来なかった。
『後悔』という二文字が、まとわりついて離れない。
戻ったら亜子にちゃんと言おう。
もう遅いかも知れないが、田浦と同じ土俵に立たせてくれ。
どうかまだ間に合ってくれ。




