13,☆これからどうしていけばいいの
「もう!亜子先輩、どーしよー」
惟子ちゃんが泣きそうになっている。
「ちゃんと日焼け止め塗ったのにー!」
鼻の皮が剝けている。
「海って怖いね……日陰ないし、昨日は特に天気よかったしね」
クリームを塗ってからファンデーションを重ねて、皮が目立たないように馴染ませる。
「わ!亜子先輩、すごい!」
ほんの少し長く生きてるからね。
私もこうやって経験を通して、対策を学んできたんだ。
「聞いてください、私、あの後……」
お客様がいないお昼の時間帯、それでも惟子ちゃんはひそひそと私にだけ聞こえる声で話しかけてきた。
「水島さんに告白しちゃいましたぁ」
「そうなの?」
自分のことでいっぱいいっぱいで、惟子ちゃんの恋路にまったく気付かなかった。
「それで?」
「うーん。なんか、ちょっと待ってって言われちゃいました」
「微妙だね……」
惟子ちゃんは口を『へ』の字にして上を向いた。
「そうですよねぇ。何を待つんでしょうか?いつまで待てばいいんでしょうか?」
「だね」
自然と同じ顔になってしまった。
「変な顔してどうしたんですか?」
昼休憩に行っていたまーちゃんが戻って来た。
「さっきの話、亜子先輩にも聞いてもらったの」
「あー、ねー?『ちょっと待って』って何なんでしょうね?」
まーちゃんも首を傾げている。
水島くんがどういうつもりで惟子ちゃんにそう言ったのかは分からない。
でも、私も田浦くんにそう言えばよかったって思った。
まだ相手のことよく知らないんだし……『はい』か『いいえ』で答えられない時だってあるのに……私は焦って失敗した。
「もっとお互いを知ってからにしようって、みたいなことなんじゃない?」
つい言ってしまっていた。
「確かに!会ってまだ2回ですもんね。せっかちって思われた可能性ありますね」
うんうん、と事件を解決した探偵のような仕草が可愛い。
「惟子、きっとそうだよ。亜子先輩の言う通りだよ。断わられてないんだから、チャンスはまだ残ってるってことだよ!」
私も田浦くんは会ってまだ3回……
『うん』って言っちゃったけど、取り消せないかな。
清彦が私のことを好きでいてくれたなんて……
正直、まだ信じられない。
だって、付き合ってたのなんて高校生の頃の話だよ?
その後、私たちはお互いにパートナーを見つけ、紹介し合い、お互いの恋を応援してきたよね?
清彦は一体どんな気持ちで私といたの?
「亜子先輩?」
まーちゃんに呼びかけられてはっとする。
「昨日の疲れ残ってます?」
「そうみたい」
笑って誤魔化す。
まーちゃんにも言った方がいいのかな。
清彦が私のこと好きみたいだよ、って?
馬鹿じゃない?そんなこと言えるわけないじゃん。
自分でツッコミを入れてしまった。
「亜子先輩?」
まーちゃんに顔を覗き込まれる。
「私のこと、怒ってます?」
「え?」
そんなつもりはないけど、そんな風に見えたのかな。
「真壁さんのことなんですけど、私、けっこう本気なんですけど……」
言葉が出ない。
胃が締め上げられるような気持ち悪さに襲われた。
「亜子先輩が気にしないなら、私、告白してみようかなって」
「……」
気にしないかと言われたら、気にするよ。
だけど、私に『ダメ』という資格なんてない。
「まーちゃん、亜子先輩困ってるよ?」
惟子ちゃんが助け舟を出してくれた。
「いくら恋愛感情がなくても、やっぱり仲のいい人に彼女ができるのは寂しいんじゃない?亜子先輩にそんなこと聞いたら、可哀想だよ」
惟子ちゃんに本音を言い当てられ焦る。
「あ、私はね、別に大丈夫だよ?清彦いい人だし、よろしくね?」
どうして心にもないことを口走ってしまったのか……
ほっと、安堵したまーちゃんの顔を見て、胸がズキズキと痛む。
清彦が私に好意を持ってるんだから、告白してもまーちゃんはフラれてしまうのに。
「亜子先輩最低です」
遅番で出勤してきた香保里ちゃんが、足音をたててやって来た。
「自分がなに言ってるか分かってるんですか?亜子先輩、真壁さんのこと好きですよね?」
「「香保里?」」
惟子ちゃんとまーちゃんが香保里ちゃんの手を抑えている。
「見てれば分かります。真壁さんも亜子先輩のこと好きですよね?2人して周り振り回して楽しいですか?」
真正面から責められて、体が動かない。
なのに体中がぞわぞわして、その嫌な感じがやまない。
「ごめん……そんなんじゃ……」
なにか言わなきゃと、気がせっていたんだと思う。
「私、ほら、田浦くんと付き合うことになったし」
またしても余計なことを言ってしまった。
「はい?」
香保里ちゃんの目が怒りに満ちている。
「田浦さんにまで不誠実なことしてるんですか?まーちゃんがフラれるかもしれないのを見て笑ってるんですか?亜子先輩、一体なにがしたいんですか?」
香保里ちゃんとは、彼女が入社して以来、教育係として接してきた。
キツイ言葉を使う時もあるけど、素直で正直で、違うことには違うって言える芯の強い子。
観察力が鋭くて、これまでも度々、心を読まれてドキッとしたことがあった。
「香保里ちゃん……」
手の汗がどんどんと出てくる。
「亜子先輩、真壁さんの気持ち分かってて、自分の気持ちは隠したまま、まーちゃんに『よろしくね』とかよく言えましたよね。とりあえず田浦さんと付き合うって言えば、皆のこと騙せるとでも思ったんですか?なんかズルくないですか?」
まーちゃんが涙を溜めた真っ赤な目で私を見ている。
そのまーちゃんの背中を、私に顔を背けた惟子ちゃんが撫でている。
「まーちゃんが本当に真壁さんと付き合ってもいいんですか?田浦さんとも本気で向き合ってるんですか?それとも、上手くいくと見せかけて破局するのを喜んでるんですか?亜子先輩、自分が傷つきたくないから、周りに流されてるだけですよね?」
「……そんなことない!」
吐き出すように出た言葉は、自分のものとは思えないくらい、遠くに聞こえた。
握りしめた拳の中で、爪が手の平にくい込んで痛い。
「どこが違うんですか?どう違うって言うんですか?」
香保里ちゃんの問いかけに答えられなかった。




