変装作戦
気味な白煙を吐き出しながら、最新型高級自動車は、カーンフォース駅の裏手にある寂れた泥道でついに完全に停止した。
ブルブルと震えていたエンジンの重低音が消え、あたりにはただ、土砂降りの雨の音だけが冷たく響き渡る。
「……ここまでね。完全にガス欠だわ」
メアリーがハンドルから細い手を離し、悔しそうな声を絞り出した。
手先が器用な彼女のおかげで、実験的導入の三輪自動車を振り切ってここまで走れたけれど、燃料の数字だけは徹底した現実主義者の彼女でもどうにもできない。
信じられるのは自分の技術と現金だけ――その冷徹な計算に従うなら、この鉄の塊はもうただの粗大ゴミ。
「チッ、国家の猟犬どもを派手に引き離したと思ったのに!」
助手席から這い出しながら、エレーヌが吐き捨てた。
彼女は拳を握り締め、悔しそうに泥水を踏みつける。
「いいわ、車なんて最初から信じていないもの。私たちの足で、あの傲慢な駅のプラットホームへ乗り込んでやるわ!」
「エレーヌ。その格好のまま行けば、すぐにバレて捕まるわよ」
後部座席から、アニーが冷徹に言い放った。
高圧的とも言えるその沈着冷静な態度には、いつも通り誰も逆らえない。
「ここからは変装よ。今の上着をここに脱ぎ捨てて、普通の旅行客のふりをして駅へ入るわ。労働者の知恵を見せてやるのよ」
「よし、変装作戦だね! ケルピーみたいに完璧に化けてみせるよ!」
私は恐怖するどころか大喜びで、泥ハネのついた上着を脱ぎ捨てた。
そしてバローを飛び出す前に用意しておいた、少し仕立ての良いまともなワンピースに着替えた。
みんなで髪を整え、お互いの顔の煤を雨水で拭い落とすと、不思議なくらい「どこにでもいる健全な少女たちの4人旅」の出来上がり。
アニーが金貨の袋を旅行用のお洒落な革カバンの中に豪快に詰め込み、メアリーが例の呪われた黒い蝋引きのケースを内ポケットに深く隠した。
目指すはカーンフォース駅からロンドン行きの列車。
それに乗って完全にこの土地を離れれば、私たちの完全勝利。
ただの現金強盗が国家の敵に成り上がったこの逃亡劇も、いよいよハッピーエンドで終わりってワケ。
私たちはすました顔をして、カーンフォース駅の立派な赤レンガの改札をくぐり、プラットホームへと滑り込んだ。
ホームには、ロンドン行きの列車を待つ紳士淑女たちが上品に佇んでいる。
雨を避けて跨線橋の下に並ぶ私たちの心臓は、高鳴る期待でドクドクと弾けていた。
あと少しで大英帝国の鼻を完全に挫かせることができるから!
遠くから、待ち望んだロンドン行きの列車の汽笛が聞こえてきた、まさにその瞬間だった。
「――そこのお嬢さんたち」
背後から、凍りつくような低い声が響いた。
振り返ると、そこには鋭い目付きをした警察官たちが、いつの間にか私たちを半円状に、完全に包囲するようにして立っていた。
「……ちょっと、駅長室で荷物を見せてもらおうか」
警察官のまともじゃない鋭い視線が、アニーの持つ重そうな革カバンと、メアリーの上着の内ポケットに注がれていた。
バローからの電信は、私たちが思うよりもずっと早く、このカーンフォース駅に届いていた。
変装なんて、国家の意地をかけた包囲網の前には小細工に過ぎなかったってわけ。
ロンドン行きの列車が、シュシューッと激しい蒸気を上げてホームに滑り込んでくる。
すぐ目の前にある自由への切符。
なのに、私たちの周囲だけは、冷たいナイフを突きつけられたような緊迫感で空気が完全に凍りついていた。
「あら、警察官さん。私たちはただの旅行客ですわ。何か誤解をされているのではなくて?」
メアリーが上品な女性らしい、おっとりとした声を装って微笑みかける。
手先が器用な彼女だけど、上着の内ポケットに隠した設計図を守るように、腕を不自然に固く組んでいた。
その現実主義者の目が、周囲の警察官の数と、それぞれの腰にある警棒の数を瞬時に、冷徹に数え上げているのが分かった。
「ふん、国家の犬どもめ。無抵抗の少女を脅して、大英帝国の威信が保てるとでも思っているの?」
エレーヌがボサボサの黒髪の隙間から、怒りを込めて毒舌を吐き捨てた。
今にもポケットの空っぽのリボルバーを引き抜きそうな勢いだけど、それをやったら一秒で蜂の巣にされる。
「静かにしなさい、エレーヌ。これ以上の挑発は不利益よ」
アニーが冷酷極まりない声を響かせ、エレーヌを一瞥した。
一番肝が据わっている彼女は、警察官たちに囲まれても表情一つ変えず、沈着冷静に金貨の詰まった革カバンを握り直している。
その高圧的なまでの威圧感に、警察官たちの方が気圧されて微かに足を止めるほどだった。
「言い訳は駅長室で聞こう。さあ、来てもらおうか」
一人の警察官が、アニーの腕を掴もうと手を伸ばす。
戦えば負ける。降伏すれば、私たちは国家機密を盗んだ大悪党として、冷たい監獄の底ですり潰される。
まさに絶体絶命の瞬間。
でも、私の脳みそは、恐怖するどころかアドレナリンで沸騰しそうになっていた。
大人が自分たちを追い詰めたと思って、勝ち誇った顔をしている。
それを見るのが、私は何よりも大嫌いで――何よりも大好きなの!
「ねえ、メアリー。どうする?」
私がメアリーの耳元に顔を寄せ、ニヤリと笑って突っ込み気味に囁いた。
「……やけくそだけど、最高の作戦があるわ……最終手段なんだけどね」
メアリーの目が、絶望の淵でギラリと現実主義者の鋭さを取り戻した。
ロンドン行きの急行列車がホームに完全に停止し、乗客たちの喧騒がピークに達する。
私たちの運命を決める最後の瞬間が、すぐそこまで迫っていたの。




