追跡戦
ぬかるんだ田舎道を、最新型の高級自動車が爆音を立てて疾走する。
私の正確無比な狙撃とエレーヌの爆裂弾のおかげで、背後から追ってきていた乗馬警官たちはすっかり霧の彼方に消え去っていた。
馬の足じゃ、メアリーが操るこの鉄の怪物のスピードには追いつけないってワケ。
「あははは! 見た? あの馬車のひっくり返り方! 最高に滑稽じゃん!」
私は後部座席で金貨の袋をクッション代わりにしながら、リスみたいに大はしゃぎして言った。
スリル中毒の私にとって、冷たい雨風を浴びながらの爆走はアドレナリンが脳みそに直接ドバドバ染み込んでくる最高の瞬間だ。
「静かにしなさい、ロバータ。喜ぶのはカーンフォースに到着してからよ」
メアリーが落ち着いた口調のまま、けれど必死な顔で巨大なハンドルを抑え込んでいる。
手先が器用な彼女のおかげで車は安定しているけれど、不慣れなギアを操作する細い指先にはかなり力が乗っているみたい。
信じられるのは自分の技術と現金だけ――その徹底した現実主義が、今も私たちを前に進めていた。
「国家の犬どもめ、テクノロジーの進化に置いていかれたわね!」
助手席でエレーヌが毒舌を吐き捨てる。
ポケットの中のリボルバーを愛おしそうに撫でながら、彼女はまだ興奮が収まらない様子。
「資本家どもの富の結晶であるこの車で、資本主義の犬どもを振り切る……ああ、なんて皮肉で、なんて聖なる一撃かしら!」
「油断は禁物よ、エレーヌ。奴らがこのまま引き下がるとは思えないわ」
後部座席で私の隣に座るアニーが、冷徹極まりない声を響かせた。
4人の中で最も肝が据わっている彼女は、巨大なスパナを膝に置いたまま、腕を組んで沈着冷静に後方の霧を睨みつけている。
彼女の高圧的なまでの警戒心は、いつだって正しい。
アニーの言葉が予言に変わるまで、一分もかからなかった。
遥か後方、深い霧の奥から私たちの乗る高級車のそれとは明らかに違う、軽薄で、けれど異常に鋭い金属的なエンジン音が近づいてきた。
「……嘘、何あれ!?」
私が身を乗り出して霧の向こうを凝視すると、そこにはヘッドライトの二つの光の真下に、もう一つ、妙な車輪の影が見えた。
前輪が一輪、後輪が二輪。異様に重心が低くて、三つの車輪でぬかるみを器用に避けるようにして、もの凄いスピードで猛追してくる鉄の箱。
「なにあれ!? 三輪の自動車……!?」
エレーヌが驚愕の声を上げる。
「まさか、あれは……」
メアリーがバックミラーを一瞬だけ睨みつけ、まともな声を鋭く尖らせた。
「この前新聞で大々的に報じられていたわ。地元警察が実験的に導入したっていう、最新鋭の三輪自動車よ。軽量化されていて、このぬかるんだ道でも私たちの車より遥かに小回りが利くんだわ!」
実験的導入の秘密兵器だって!?
最高じゃん! まさか警察がそんな最新ガジェットを引っ張り出してくるなんて、ただの現金強盗だった私たちへの待遇としては破格すぎる。
「おもしろいじゃん! 私たちのどっちが上か、白黒つけようよ!」
私は恐怖するどころか大喜びで、リボルバーのシリンダーをガチリと回した。
ぬかるみに足をとられて車体を大きく滑らせる私たちの高級車とは違って、あいつは三つの車輪で地面を軽快にいなしながら、確実に距離を詰めてくる。
「しつこい犬どもね! 国家の最新玩具ごと、バラバラの鉄屑にしてやるわ!」
エレーヌが助手席から身を乗り出し、怒りを込めて、リボルバーをぶっ放した。
けれど、激しく揺れる車体の上からじゃ、狙いが定まらない。
乾いた銃声は虚しく霧の中に吸い込まれていく。
「エレーヌ、無駄撃ちはやめなさい。弾の無駄よ」
アニーが冷徹に窘める。彼女は沈着冷静な目のまま、後部座席で巨大な鉄製スパナをギリ…と握り直した。
4人の中で最も肝が据わっているアニーのその姿は、どんな最新兵器よりも迫力がある。
「ロバータ、狙える!?」
ハンドルを必死に抑え込むメアリーが、声を張り上げて私に聞いた。
徹底した現実主義者の彼女は、私の「技術」に全てを賭ける目をしてる。
「あったりまえじゃん! 私の身軽さを舐めないでよ!」
私は恐怖するどころか大喜びで、激しくガタつく後部座席のシートの上に立ち上がった。
風と雨が顔を叩いてアドレナリンが脳みそを突き抜ける。
三輪自動車の運転席には、ゴーグルをかけた鉄道警察の男が、必死の形相でハンドルを握っているのが見えた。
そのすぐ隣の助手席の男が、こちらに向けて散弾銃を構える。
散弾が私たちの車の後部を叩き、パチパチと派手な火花が散った。
「ひゃはは! 惜しいねお巡りさん!」
私はニヤリと笑うと、片目を細めて銃口を固定した。
狙うは男じゃない。
あいつの生命線、前輪の一輪を支えるフロントフォークのサスペンション。
機械の構造なんてよく分からないけど、あそこを壊せばあの三輪車がどうなるかくらいは分かる。
一発目。
狙いは正確無比。
弾丸は三輪自動車のフロントフェンダーを鋭く弾いた。
「チッ、外した! もう一発!」
体制を整え、二発目を引き絞る。
今度は完璧に捉えた。
金属が激しく砕け散る甲高い音が響き、三輪自動車の前輪が不自然な方向へグニャリと曲がった。
「な、なんだと!? ハンドルが利かん!」
警察官の悲鳴が聞こえた瞬間、バランスを完全に失った最新鋭の三輪自動車は、時速30マイル以上の猛スピードのまま、道の脇にある泥の斜面へと派手につっこんでいった。
ひっくり返った三輪車から、警察官たちが泥まみれになって放り出されるのが見えて、私はお腹を抱えて笑った。
「あはははは! 大英帝国の実験的導入、大失敗だね! ざまあみろ!」
「よくやったわ、ロバータ!」
メアリーがバックミラー越しに会心の笑みを浮かべ、まともな声で私を称賛する。
エレーヌも「これぞ科学に対する人間の勝利よ!」と毒舌混じりに歓声を上げた。
「……喜ぶのはここまでよ。エンジンの音が変だわ」
アニーの冷徹な指摘に、私たちは一瞬で静まり返った。
言われてみれば、私たちの高級車のボンネットから、プシューッという不気味な白煙が上がり始めている。
メーターを覗き込んだメアリーの顔が、一瞬で真っ青になった。
「嘘……ガス欠寸前だわ。さっきの急加速で、燃料を使い果たしそうになってる」
霧の向こう、カーンフォース駅のジャンクションの明かりが薄っすらと見えてきたけれど、この最新の車もここまでみたい。
三輪車は振り切った。
けれど、私たちの燃料は残りわずか。
国家機密の図面と金貨の袋を抱えた少女たちの爆走劇は、いよいよ逃げ場のないカーンフォース駅での、絶体絶命のクライマックスへと追い詰められようとしていた。




