ランナウェイズ
土砂降りの雨の中、私たちはバロー=イン=ファーネス駅の裏口へと命からがら滑り込んだ。
レンガ造りの大きな駅舎の屋根を、雨粒がバラバラと激しい音を立てて叩いている。
普段なら重油と石炭の臭いが立ち込めるだけの、ただの薄暗い地方の駅。
だけど今は、あちこちに制服を着た地元の警察官たちが配置されていて、まるでお祭りの前みたいに物々しい空気に包まれてる。
「……最悪ね。駅はもう完全に警察で固められているわ」
メアリーが物陰に身を潜めながら、声を極限まで潜めて言った。
メアリーは、こういう時に一番冷静に状況を観察できる。
「ヴィッカース社の定期給料馬車が襲撃されたんだもの、当然の緊急配備ね。まともに正面の改札から入ったら、一秒で捕まっておしまいよ」
「ふん、国家の犬どもめ、網を張ったつもりで得意げになっているわね」
私の隣で、髪を雨で顔に張り付かせたエレーヌが、情熱的で直接的な怒りを込めて毒舌を吐く。
「あの無能な警察官たちの顔を見なさいよ。自分たちが資本主義の道具として使われていることにも気づかないで、哀れな奴ら。私のリボルバーで、全員まとめて革命の塵にしてやりたいわ!」
「エレーヌ、だから弾はさっきの廃坑で空っぽだってば」
私がすかさず突っ込みを入れると、エレーヌは「分かっているわよ!」と悔しそうに歯噛みした。
それにしても、駅の包囲網はなかなかにエグい感じ。
スリル中毒の私としては、アドレナリンがじわじわと脳みそに染み渡ってくるのを感じて、むしろちょっとワクワクしてきたけどね。
「静かにしなさい。騒いでも道は開けないわ」
アニーが私の隣で、冷徹極まりない声を響かせた。
彼女は大荷物の袋を、こともなげに片手で抱えたまま、沈着冷静にホームの様子を睨みつけている。
4人の中で最も肝が据わっている彼女は、これだけの包囲網を前にしても、眉一つ動かさない。
「正面がダメなら、別の道を探すまでよ。メアリー、造船所の仕上工だったあんたなら、この駅の構造も頭に入っているでしょう?」
「ええ。任せて」
メアリーは頷く。
「駅の西側、貨物用の引き込み線があるわ。あそこなら警備の目が薄いはず。それに……ちょうどいいターゲットが停まっているわね」
メアリーが細い指先で指し示したのは、プラットホームの端、モクモクと黒い煙を夜空に吹き上げている巨大で真っ赤な鉄の塊――カーンフォース行きの蒸気機関車だった。
まさに石炭を激しく燃やし、発車直前の状態。シュシューッ、と蒸気を吹き出す音が、雨の音に混ざって重々しく響いている。
「ねえメアリー、まさかあの列車に飛び乗る気?」
私が尋ねると、メアリーはニヤリと不敵に笑った。
「普通に乗客として乗るなんて無理よ。あの機関車を……丸ごと乗っ取るの」
ただの現金強盗だった私たちが、今度は国家機密を抱えたまま、発車直前の蒸気機関車をカージャック――いや、トレインジャックしようっていうんだね!
最高。これだからメアリーの計画は狂っていて大好きなの!
私たちは金貨の袋と、あの呪われた黒い蝋引きのケースをしっかりと抱え直し、雨の闇に紛れて貨物線の暗がりをすり抜け、私たちは黒い怪獣みたいにそびえ立つ蒸気機関車の運転台へと肉薄した。
石炭の熱気と激しい蒸気の音が、雨の冷たさを一瞬で吹き飛ばす。
「よし、アニー、エレーヌ、行くわよ!」
メアリーのまともな、けれど引き締まった号令と同時に、私たちは一斉に運転台へ飛び乗った。
「な、なんだお前たちは!? ガキが何をしに――」
驚愕する機関士のおじさんの胸ぐらを、アニーが問答無用で掴み上げた。
「労働の神聖な場を汚してすまないわね。だけど、この列車は私たちの階級闘争のために徴収するわ」
アニーは沈着冷静な顔のまま、大柄な体躯を活かした怪力で、大人の男を荷物みたいに軽々と運転台から引きずり下ろした。
高圧的というか、もはや容赦がなさすぎて惚れ惚れしちゃう!
「ロバータ! 後ろの車両を切り離しなさい! 重い荷物は足手まといよ!」
メアリーが叫ぶ。
私はイタチみたいにすばしっこく、連結部分へ飛び降りた。
雨と油でヌルヌル滑る鉄の塊を恐れるどころか、スリルで心臓が跳ね回る。
巨大な連結器のピンを引っこ抜き、ネジを力任せに回して、内側から鍵を開けるみたいに鮮やかにロックを解除してやった。
「メアリー、切り離し完了! いつでもいけるよ!」
「エレーヌ、石炭をくべて!」
「言われなくても分かっているわ! この鉄の怪物を目覚めさせて、国家の犬どもを恐怖のどん底に叩き落としてやるわ!」
エレーヌが情熱的にシャベルを振るって火室へ石炭を投げ込む。
メアリーが運転台の加減弁レバーを力強く引いた。
地鳴りのような轟音とともに、鉄の車輪が火花を散らして線路を噛む。
機関車は後ろの車両を置き去りにして、凄まじい加速でバロー駅のホームを駆け抜けた。
「あいつらだ! 待ちやがれ!」
プラットホームにいた警察官たちが目を丸くして、真っ青な顔でこちらへ走ってくる。
でも、もう遅い! 偉そうな大人が私たちの引き起こした大パニックに振り回されている姿を見るの、本当に脳汁が出ちゃう!
「あははは! バイバイ、お巡りさんたち!」
私が運転台から身を乗り出してリボルバーをぶっ放すと、警察官たちは蜘蛛の子を散らすように伏せた。
怒涛の勢いで雨の夜を切り裂き、線路を猛進する機関車。
このままカーンフォースまで爆走して逃げ切れる――そう思った、まさにその時だった。
行く手の暗闇の中、線路の分岐点が、ガチャンと音を立てた。
「駅の奴らが前方のポイントを遠隔操作したんだわ! このままじゃ、逃げ場のない側線に追い込まれる!」
前方を見据えれば、線路は本線から外れ、車止めへと向かって曲がっている。
スピードを落とさなければ、激突して全員木っ端微塵!
背後にはバローの包囲網、前方には車止め。
「チッ……小癪な真似を」
アニーがスパナを握り直して低く唸る。
だけど、私の心臓はさらに激しくアドレナリンを噴出させていた。
国家の敵に成り上がった私たちの逃亡劇、側線に追い込まれたくらいじゃ、絶対に終わらせてあげないんだから!




