潜水艦
背後でダイナマイトが炸裂した凄まじい衝撃波が、私たちの背中を容赦なく押し出した。
エレーヌがやけくそで仕掛けた爆薬のおかげで坑道は完全に崩落し、あの「私服の死神」たちの追撃を遮断することには成功したけれど、私たちの身体は煤と泥で真っ黒。
命からがら廃坑を脱出した私たちは、土砂降りの雨が降り続くバローの街へと戻り、海岸沿いにある放棄された古い赤レンガの倉庫へと逃げ込んでいた。
「ハァ、ハァ……! あの一群、いったい何者なのよ。警察の制服なんて着ていなかったわ。それに、あの迷いのない銃撃……完全に私たちを殺しにきていたわね」
メアリーが壁に寄りかかり、乱れた息を整えながら言った。
手先が器用な彼女だけど、今は自分の細い指先が冷たく震えているのを隠すように、上着のポケットに手を突っ込んでいる。
「どうせ国家の最暗部に飼われている、冷酷な暗殺犬どもよ!」
エレーヌがボサボサの黒髪を掻きむしりながら、情熱的で直接的な怒りを爆発させた。
「地元の無能な警察官たちが、あんなプロの動きをできるわけがないわ。大企業と政府が裏で繋がって、不都合な真実を闇に葬るための『掃除人』を差し向けてきたのよ。ああ、反吐が出るわ! あの執念深い目付き、思い出すだけで私のリボルバーが火を噴きたがるわね!」
「エレーヌ、とりあえず落ち着きなって。弾はさっきのでもう空っぽでしょ?」
私がすかさず突っ込みを入れると、エレーヌは悔しそうに歯噛みした。
スリル中毒の私だけど、今回の件はさすがに脳髄が痺れるのを通り越して、心臓がバクバク言ってる。
だって、ただの現金強盗のつもりだったのに、いきなり国家規模の暗殺集団に命を狙われるなんて、普通はあり得ないじゃん!
「無駄な騒ぎを起こしたわね、だけど、結果として生き延びたのは評価するわ」
倉庫の床に、ズシンと重たい金貨の袋を下ろしながら、アニーが冷徹に言い放った。
彼女はあれだけの銃撃戦をくぐり抜けてきたというのに、相変わらず沈着冷静で、4人の中で最も肝が据わっている。
大柄な体躯をスッと正し、高圧的な態度で私たちを見下ろした。
「問題は、これからよ。奴らの狙いが金貨ではなく、この黒い蝋引きのケース――つまり、中にある設計図だということは明白だわ」
そう。ドタバタの銃撃戦の最中、メアリーがやけくそで掴んで持ってきたあの黒い防水ケースが、今、倉庫の古い木箱の上に置かれていた。
メアリーがそれを開け、中から再び青い厚手の紙を引っ張り出す。
メアリーがその施工用詳細設計図をランタンの光の下で広げると、そこには奇妙な鉄の魚の絵が、冷徹なインクの線でびっしりと描き込まれていた。
「さっきはヨットの図面だと思って気に留めていなかったけれど、あの死神たちが異様な執念で追ってくる理由が分かったわ。これは、この大英帝国の軍事バランスを根底からひっくり返すような、とてつもない国家機密なのよ」
その言葉が引き金だった。
雨の音が屋根を叩く寂れた倉庫の中で、私たちの間に、またあの坑道での深い亀裂が、今度はもっと鋭い刃物のようになって蘇ってきた。
「だからこそ、これは私たちの偉大なるレジスタンスの武器になるわ!」
エレーヌが激しく机を叩き、その情熱的な瞳を限界まで見開いた。
「この図面を海外、たとえばフランスとか……ロシアのアナキスト組織に送り届ければ、大英帝国の鼻を完全にへし折ることができる! 政府もヴィッカース社も、私たちの足元にひざまずいて許しを乞うことになるのよ!」
「やめなさい、エレーヌ。それはただの自己満足よ」
アニーが冷酷極まりない声で、上から押さえつけるようにエレーヌの言葉を切り捨てた。
大柄な体躯を微動だにせず、沈着冷静な目で図面を睨みつけている。
「私たちの目的は、スラムを奪われる労働者たちの生活を守るための『現金』よ。この図面はただの危険物。こんなものを持っているだけで、私たちはロンドンに着く前にあの死神どもに完全に蜂の巣にされるわ。今すぐこの場に置いていくべきよ」
「置いていく!? あなた、あの男たちに恐怖したのね、アニー! この臆病者!」
「私は合理的な判断をしているだけよ、エレーヌ。理想でお腹は膨らまないわ。」
アニーの冷徹な正論に、エレーヌが顔を真っ赤にしてポケットのリボルバーを握りしめる。
うわあ、一触即発じゃん。
「二人とも、そこまでにして」
その間に入ったのは、メアリーだった。
彼女は細い指先で図面の複雑な機械構造をなぞりながら、現実主義者としての冷たい決断を下そうとしていた。
「信じられるのは、自分の腕と、この確実な現金だけ。私は理想主義なんて信じていないわ。この潜水艦の図面がどれだけ凄かろうが、今の私たちには命を縮める呪いの紙切れに過ぎない。アニーの言う通り、これを捨てて、金貨だけを持ってバローを飛び出――」
「えーっ! それ本気? そんなのつまんないよ!」
私が大声で突っ込みを入れると、三人の視線が一斉に私に集まった。
「ロバータ、あなた何を見当違いなことを言っているの?」
メアリーが呆れたように眉をひそめる。
「だってさ! あの偉そうな特務捜査官だか何だか知らないけど、あいつら、私たちがこれを持ってるってだけで、顔を真っ青にして必死になって追いかけてきたんだよ? これ、最高のスリルじゃん!」
私はリスみたいにすばしっこくメアリーの隣に回り込み、図面を覗き込んだ。
「政治思想とか金の価値なんてどうでもいい。でもさ、大英帝国の偉い大人が、私たちみたいなスラムの小娘四人に振り回されて、必死になってる姿を想像してみてよ。これを持って逃げ切ったら、最高に気持ちいいと思わない!?」
「ロバータ……あんた、本当にただの狂気的なスリル中毒ね」
エレーヌが呆れ半分、感心半分といった風に毒舌を吐く。
「だけど、その狂気、私嫌いじゃないわ! いいこと、メアリー、アニー! 私たちがこれをここに捨てたとしても、あの死神たちが『はい、そうですか』と信じて見逃してくれると思う? あいつらは目撃者である私たちを全員消すまで止まらないわ!」
エレーヌのその直接的な一言に、倉庫内がしん、と静まり返った。
メアリーがハッとしたように目を見開く。徹底した現実主義者の彼女だからこそ、その言葉の「現実味」に気づいたみたい。
「……そうね。あいつらにとって、私たちが図面を読んだかどうかなんて関係ない。生かして帰す気は最初からゼロよ」
「チッ……」
アニーが初めて、不愉快そうに舌打ちをした。沈着冷静な彼女の計算でも、エレーヌの指摘は否定できなかった。
「つまり、捨てても持っていっても、追ってくる地獄の包囲網は変わらない、ということね」
「だったら決まりじゃん! 持って行こうよ!」
私はニヤリと笑って、木箱の上の図面を豪快に丸め、黒い蝋引きのケースに突っ込んだ。
「生き残るために、全員で逃げ切る。ついでに、大英帝国の鼻を盛大にあかしてやろうよ!」
初めてチームに入った深い亀裂は、「全員で生き残るために戦うしかない」という、さらに強固な結束へと変わっていった。
「分かったわ……バロー駅へ走りましょう。この時間なら発車直前の列車があるはずよ」
メアリーが覚悟を決めた、まともな声を響かせる。
ただの現金強盗だった私たちは、知らぬ間に大英帝国、ひいては世界を揺るがす「国家の敵」へと成り上がった。
私たちは黒いケースと金貨の袋を抱え、土砂降りのバロー駅へと走り出したのだった。




