第4話 1943年冬—仲間たちの消失
## 上
十二月。パリの冬は、異常に冷たかった。
カトリーヌは、セーヌを渡る時、毎回、身体が凍りつくような感覚を覚えた。気温のせいではなく、恐怖のせい。
仲間たちが消えていた。
昨日は、バイオリニストのジャン。その前は、印刷所の店主マリー。その前は——何人だったか、もう数えられない。
「次は君だと思え」
マルクが言った。十二月初旬の午後。いつもの隠れた場所での会話。
「なぜ、そんなことを」
「ゲシュタポの捜査が激しくなっている。我々の組織に対する包囲網が、一週間ごとに狭まっている」
マルクの顔は、以前よりも痩せていた。睡眠不足。慢性的な緊張。死への覚悟。
「バイオリニストのジャンは」
カトリーヌが聞いた。
「拷問されたんだろう。情報をどの程度漏らしたか、わからない。その可能性を念頭に置いて、すべての活動を変更した。安全家を移動させた。通信網を再構築した」
「彼は、死にますか」
「おそらく。ゲシュタポの拷問で、何日生き残るか。知識と意志の戦い。多くの者が、三日で名前を言う。そして、その名前から、連鎖が始まる」
マルクは、カトリーヌの手を握った。
「君は、もし捕まったら、何日耐えられるか」
それは、簡単な質問ではなかった。拷問に耐える時間。その間に組織が逃げおおせる時間を稼ぐ。自分が拷問で殺されるか、それとも名前を言って、より多くの人間を死に追いやるか。
「わかりません」
カトリーヌは、正直に答えた。
「正直だ。そして、その不安が、生き残る秘訣だ。自信のある者ほど、折れやすい。君の不安は、君の盾になる」
十二月の第二週。カトリーヌは、三人の仲間を新しい安全家に移す任務を受けた。
三人。隠れた者たち。逮捕を免れている者たち。だが、時間の問題だ。ドイツ軍の追跡は続いている。
彼女は、自転車で三回に分けて、彼らを目的地に運んだ。
一度目は、製本工の中年男性。顔を隠して、帽子をかぶった状態で。二度目は、医学生の若い男。三度目は、新聞記者の女性。三十代。目が鋭い。かつて、占領軍の検問を難なく通り抜けるほどの経験者。
だが、三度目の移送の時、ドイツ軍の検問に遭った。
いつもと同じ場所ではなく、予期しない場所。十三区の裏通り。ドイツ軍の車。将校が二人。
「Halt!」
カトリーヌは、自転車を止めた。そして、最も大切なことを思い出した。
新聞記者の女性は、書類を持っていない。顔以外に、特徴がない。それが、彼女の盾だ。
「Papiere」
身分証を見せた。カトリーヌ・ディオール。24歳。職業なし。住所:モンテーニュ街。ブルジョワ娘。危険そうに見えない。
「Where are you going?」
どこへ行くのか。
「散歩です。冬の天気が良いので」
嘘だ。完璧な嘘。
「In the afternoon?」
午後なぜ。
「新聞を読みたいからです。午前中は家事で忙しいので」
その時点で、カトリーヌの自転車の後ろの座席に、新聞記者の女性が座っていた。帽子をかぶり、顔を隠して。見た目は、カトリーヌの友人。何も悪いことをしていない二人の若い女性。
将校は、新聞記者の女性を見た。その視線が、彼女の顔に留まった時、カトリーヌの心臓は止まった。
彼女の顔が、占領軍の手配書に載っているかもしれない。新聞記者として、抵抗勢力の宣伝に加担した者として。
だが、その時、奇跡が起こった。
別のドイツ軍の車が、突然、その場所に現れた。上級士官の乗った車。将校たちは、敬礼して道を開けた。
カトリーヌは、静かに自転車をこいで、その場を去った。
背中は、冷や汗で濡れていた。
後ろに座った新聞記者の女性は、何も言わなかった。声を出さない。それだけで、十分だ。
その晩、マルクと会った時、彼は沈黙していた。
「どうしたの」
「君は、今日、死にかけていた」
「わかっています」
「そして、何もできなかった。我々は」
マルクの言葉は、罪悪感に満ちていた。指導者としての。愛する者を危険に晒す指導者としての。
「あなたが何もしなかったわけではなく、しようがなかったのです。それが、戦争です」
カトリーヌは、落ち着いて答えた。
「君は、三日で大人になった」
「何ですか」
「君は、一週間前までは、まだ若い娘だった。だが、今、君は戦士だ。恐怖を知り、死を知り、それでも動き続ける戦士に成長した」
カトリーヌは、その言葉を受け取った。内面化した。自分の中での変化を、他者が認識してくれたこと。その重みを。
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## 中
十二月の第三週。パリは、より静寂に包まれていた。
占領軍の検問が増加した。兵士たちの数が増加した。ゲシュタポの活動が、より活発化した。すべてが、組織壊滅への道を示していた。
クリスチャンは、その変化に気づいていなかった。気づきたくなかった。
メゾン・ディオール設立の準備が、加速していた。ビジネスパートナーとの交渉。資金調達。顧客リストの構築。戦後のビジョン。
それ以外のことは、現実ではなかった。
あるいは、見てはいけない現実として、脳が無視していた。
アパートは、相変わらず無人のままだった。朝六時に出かけ、夜間外出禁止令の一時間前に帰る。その間、アパートは秘密の活動に使用されていた。
クリスチャンは、それを知らなかった。知らぬままが、幸運だと信じていた。
十二月の中盤。彼は、新しいドレス生地を仕入れに、ドイツ人の商人と会合を持った。
「モンスール・ディオール」
ドイツ人は、笑顔で握手した。
「新しい素材です。ベルリンから到着したばかり。極めて上質」
クリスチャンは、その生地を見た。美しい。完璧な色合い。完璧なテクスチャー。
「これは素晴らしい」
「ドイツ軍の将官夫人たちも、喜ぶでしょう。メゾン・ディオールが設立されたら、さらに多くのご注文をいただけると聞いています」
それは、期待であり、同時に警告でもあった。ドイツ軍は、クリスチャンのビジネスの成功に、ある程度の投資をしている。その見返りとして、彼がドイツ軍の顧客を優先することを期待している。
クリスチャンは、その暗黙の契約を理解していた。そして、受け入れていた。
「ご安心ください。メゾン・ディオールは、パリで最高のドレスを提供します。そしてその顧客の第一は、ドイツ軍将官たちのご家族となるでしょう」
それが、彼の約束だった。
その晩、アパートに帰る時、クリスチャンは警察の活動を目撃した。
十三区での大量逮捕。夜間外出禁止令の直前。ドイツ軍の車が何台も、一つの建物を取り囲んでいた。
何が起こっているのか、彼は知らなかった。知りたくもなかった。
それが、彼の生き方だった。
見えるものだけを見る。見たくないものは、視界に入れない。
アパートの近くで、彼は一人の女性を見かけた。急ぎ足で、何かを持って走っている。薄暗い照明の中では顔が見えなかったが、その走り方から、彼女は何らかの恐怖を感じていることが明白だった。
レジスタンス。あるいは、その関係者。
クリスチャンは、視線を逸らした。見ないこと。知らないこと。それが、アパートの安全性を保つ、唯一の方法だと信じていた。
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## 下
十二月の終わり。冬至。年の終わり。
カトリーヌは、消耗していた。心身ともに。
毎日、朝目覚めること自体が、奇跡だと思うようになっていた。夜間外出禁止令の中で眠り、翌朝、生きて起きられたこと。それだけで、十分だった。
マルクも、衰弱していた。指導者としての責任が、彼を蝕んでいた。
「明日、重要な会議があります」
十二月二十八日。マルクが言った。
「どこで」
「シテ島の古い石工の工房で。組織の幹部が集まる。ドイツ軍の動きについて、情報を共有する」
「あなたも行くんですか」
「もちろんだ」
カトリーヌは、不安を感じた。重要な会議。多くの人間が集まること。そして、ゲシュタポの捜査が激化していること。
すべてが、危険の要因だった。
「マルク。気をつけてください」
「心配するな。これまで無事だったんだ。これからも」
それは、虚勢だった。二人とも、それを知っていた。
十二月二十九日。その日、パリの複数の場所で、同時逮捕が行われた。
シテ島。セーヌ左岸。十五区。十三区。
組織の枢要人物たちが、続々と逮捕された。
マルクは、逮捕されなかった。その代わり、彼は地下に潜った。もはや、バレエダンサーとしての顔は、持つことができなくなった。
カトリーヌに、彼からのメッセージが届いた。古書店経由で。短く、そして冷たく。
「当分会えない。活動は続けられる範囲で続けろ。が、無理をするな。自分の命を守ることが、最優先だ」
それは、彼女への指令であり、同時に、彼女への別れだった。
カトリーヌは、その時、初めて泣いた。
レジスタンス活動に加わってから、一年以上。毎日、死の危機に晒されながら、一度も泣かなかった。
だが、この時、彼女は泣いた。
愛する者を失う恐怖。組織が壊滅する現実。自分も、いつ逮捕されるかもしれない不安。
すべてが、一度に押し寄せた。
その日の夜、カトリーヌは、兄のアパートに行った。
兄は帰っていなかった。相変わらず、仕事場に籠りきりだ。
彼女は、ベッドに横たわった。そして、兄のシーツの匂いを嗅いだ。安全な匂い。戦争のない場所の匂い。
いつまで、この場所が秘密の拠点としての機能を保つのか。
ゲシュタポが、兄のアパートを調べる日が来るのか。
その時、兄は何を言うのか。
「妹が秘密組織に加わっていたことを、知りませんでした」
そう言うのか。
あるいは、兄も逮捕されるのか。
そのような悪い予想ばかりが、カトリーヌの頭を埋め尽くしていた。
朝。クリスチャンが帰ってきた。
いつもより遅い。そして、疲れた顔をしていた。
カトリーヌは、起き上がった。兄の顔を見た。
「おはようございます」
「カトリーヌか。珍しい。朝起きているなんて」
「兄さん。お疲れですね」
「そうだな。昨日は徹夜だった。新作のデザインがなかなか決まらなくて」
クリスチャンは、コーヒーを飲みながら、新しいドレスについて話した。
ドイツ軍将官の妻のための、新年の晩餐会用のドレス。黒と金色の組み合わせ。古典的でありながら、革新的。完璧さへの執着。
カトリーヌは、聞いていた。兄の言葉を。兄の人生を。
兄は、本当に何も知らない。
妹が毎日、死の危機に晒されていることも。愛する者が地下に潜ったことも。組織が壊滅の危機にあることも。
何も。
「カトリーヌ」
クリスチャンが言った。
「何ですか」
「君は、何か悩んでいるようだな」
「いいえ。何も」
「嘘をつくな。俺たちは兄妹だ。言いたくなければ、言わなくていい。だが、何かを抱えているのは見えている」
カトリーヌは、兄を見つめた。
「兄さんは、パリを愛していますか」
唐突な質問だった。
「何だ、いきなり」
「答えてください」
クリスチャンは、コーヒーカップを置いた。
「愛している。パリを。そして、パリの美しさを」
「では、その美しさを守るために、兄さんは何をしていますか」
「ドレスを作っている。それ以外に何があるというのか」
「もし、その方法が、正しくないとしたら」
「何を言っている」
クリスチャンは、妹の言葉に困惑していた。その言葉の裏に隠された意図を、感じ取ろうとしていた。
「何もありません。ただ、兄さんが、兄さんの方法で、フランスを守ってくださっているなら。わたしは、わたしの方法で、守ります」
「君の方法とは」
「それは、わかりません。なぜなら、わたしはまだ、それが何なのか、よくわかっていないからです」
カトリーヌは、立ち上がった。
「わたしは、家に帰ります。ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
クリスチャンは、妹の背中を見つめた。
その背中には、何か重い荷物があった。見えぬ荷物。言葉にならぬ荷物。
兄として、妹を助けることはできなかった。
何も知らぬままが、妹のためだと、彼は信じていたから。
年の終わり。パリは、より暗くなっていた。
占領軍の支配は、より強硬化していた。
ゲシュタポの活動は、より活発化していた。
その中で、カトリーヌは、孤独に活動を続けることを決めた。
マルクとの連絡は、最小限にした。新しい指導者の指示に従った。古い安全家は避けた。新しい経路を開拓した。
毎日が、生存戦略だった。
そして、毎日が、死への一歩だった。
その両方を同時に抱えながら、カトリーヌ・ディオールは、1943年の冬を生き延びた。
春が来るまで。解放が来るまで。
その日を知らぬままに。




