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ミス・ディオール  作者: はまゆう


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14/16

第14話 1946年—『ニュー・ルック』

## 上


一九四六年。

冬から春へ。パリは、新しい季節を迎えていた。

メゾン・ディオールのアトリエは、戦闘の最前線のようだった。

クリスチャンは、毎日、朝から晩まで、新しいドレスの設計に没頭していた。

その新しいドレスは、これまでのすべてを超える、革命的なものになろうとしていた。

スカートの丈。腰のラインの強調。ボリュームのある布地。

それまでのファッション界では、タブーとされていた要素。

戦争中。配給制度。布地の不足。

そのため、ドレスは、小さく、質素に作られていた。

だが、戦争が終わった今。

その抑圧から、解放される必要がある。

クリスチャンは、その解放を、ドレスという形で、表現しようとしていた。

「Too much fabric」

投資家の一人が、言った。

「In this time of shortage, such extravagance is…」

この不足の時代に、そのような派手さは…

クリスチャンは、その言葉に、答えた。

「This is not extravagance」

これは派手さではない。

「This is hope」

これは希望だ。

「We must show the world that France is beautiful again. That we have survived the war. That we can create beauty」

世界に示す必要がある。フランスはまた美しいこと。戦争を生き残ったこと。美を創造することができることを。

その言葉の背後には、妹の存在があった。

妹が生き残ったこと。妹がパリに帰ってきたこと。妹が新しい人生を始めたこと。

すべてが、兄の創造的確信を支えていた。


-----


## 中


一九四六年冬。

カトリーヌの花屋は、パリの市民たちの間で、知られるようになっていた。

朝四時から営業される、特別な花屋。

世界中のフランス領からの花。

その花たちが、毎朝、レ・アール中央市場に到着する。

カトリーヌとマルクは、その花たちを、丁寧に選別し、陳列した。

クリスチャンは、時々、花屋に訪れた。

その目的は、妹の仕事ぶりを確認することだけではなく、インスピレーションを得るためだった。

花の色。その配置。その組み合わせ。

それらが、彼のドレス設計に、直接的な影響を与えていた。

「Catherine」

ある朝、兄が花屋に現れた。

妹は、レ・アール市場での仕入れから戻ったばかりだった。

「Look at this」

兄は、カトリーヌに、新しいドレスの仮デザイン画を見せた。

黒と白。シンプルながら、ボリュームのあるスカート。その中には、無数の層が含まれていた。

「It reminds me of the flowers」

花を思い出させる。

「The way they unfold」

花が開いていく、その様子。

カトリーヌは、そのデザイン画を見た。

彼女は、黙って、兄の側に立った。

そして、彼女は、花の中から、一つを選んだ。

赤いバラ。その花を、兄に渡した。

「For your dress」

あなたのドレスのために。

クリスチャンは、その赤いバラを見た。

その色。その形。その香り。

それは、彼が求めていた、すべてを含んでいた。

「Perfect」

完璧だ。

その瞬間、彼は知った。

自分が作ろうとしているドレスは、妹なくには、完成しないのだと。

直接的ではなく、象徴的に。

しかし、確実に。

妹の存在が、兄の創造を支えていた。



## 下


一九四七年初頭。

『ニュー・ルック』の準備は、最終段階に入っていた。

新しいドレスのコレクション。その中核となる数十のドレス。

ファッションショー。パリの上流階級。メディア。

すべての準備が整っていた。

クリスチャンは、その時点で、何か深い確信を持っていた。

この仕事は、成功する。

その確信の源は、彼自身の才能だけではなく、妹の存在だった。

一方、カトリーヌは、レ・アール中央市場で、朝四時から営業を続けていた。

兄の成功への準備を知っていたが、彼女は、自分の仕事に専念していた。

それは、兄への信頼の表現でもあった。

兄が成功するために、妹ができることは、妹の仕事に集中することだ。

その相互的な信頼が、両者を支えていた。

二月中旬。

『ニュー・ルック』のファッションショーが、開催された。

パリ社交界。新聞記者。ファッション評論家。

多くの者たちが、集まった。

その中で、クリスチャン・ディオールの新しいコレクションが、発表された。

ボリュームのあるスカート。強調された腰。優雅なラインの衣装。

それは、戦前のファッションへの回帰ではなく、戦後の新しい時代の象徴だった。

社交界の女性たちの反応は、即座だった。

驚嘆。興奮。熱狂。

この新しいドレスは、彼女たちが求めていたものだった。

占領下での質素さから、解放される。失われた優雅さを取り戻す。

その夢を、このドレスは、実現していた。

メディアは、その現象を、急速に報道した。

「Fashion Revolution」

ファッション革命。

「Dior’s New Look」

ディオールのニュー・ルック。

その言葉が、一気にパリを席巻した。


-----


## エピローグ—二つの仕事、一つの目的


二月下旬。

クリスチャンは、花屋に訪れた。

『ニュー・ルック』の成功を、妹に報告するために。

だが、妹は、既に知っていた。

新聞。ラジオ。人々の会話。

すべてが、兄の成功を伝えていた。

カトリーヌは、兄を見た。

彼は、以前よりも、輝いていた。

成功の光ではなく、何かより深い充足感。

妹は、兄に言った。

「You did it」

あなたはやった。

「We did it」

兄は、答えた。

「Without you, this would not have happened」

お前なしでは、これは起こらなかった。

その言葉の真実性が、カトリーヌに、深い感動をもたらした。

「The flowers helped」

花が助けてくれた。

「Your flowers」

お前の花たちが。

クリスチャンは、妹と共に、花屋の中を見回った。

世界中からの花。その色。その香り。その形。

それらが、彼のドレスへの inspiration となっていたこと。

妹の仕事が、兄の仕事に影響を与えていたこと。

その相互的な創造の関係性。

その時点で、クリスチャンは、新しい香水のアイデアを、思いついていた。

妹の名前をつけた香水。

『ミス・ディオール』

その香水は、兄妹の戦争。その生存。その再会。

そして、その後の創造活動。

すべてを象徴するものになるはずだった。

だが、その時点では、クリスチャンは、その香水の構想を、口にしなかった。

ただ、妹の側に立ち、彼女の仕事を見守った。

三月初旬。

『ニュー・ルック』の成功は、一つの社会現象となっていた。

ファッション界での革命。女性たちの自信の回復。

フランスの美の回復。

その全てが、このコレクションに、集約されていた。

一方、カトリーヌは、相変わらず、朝四時から花屋を営んでいた。

兄の成功が、彼女の仕事の価値を減じることはなかった。

むしろ、兄の成功を知ることで、彼女は、自分の仕事の意味をより深く理解していた。

兄は、ドレスで、フランスの優雅さを回復させた。

妹は、花で、フランスの人生の継続性を示した。

その二つの営為は、戦後フランスの再生を、二つの異なるレベルで、表現していた。

一つは、上流階級の美。

もう一つは、市民の日常の美。

その両者が、同じ愛から出発していた。

兄妹の愛。戦争からの生存への感謝。

そして、フランスへの愛。


四月初旬。

春がパリに来た。

セーヌの樹々が、新緑に包まれた。

その中で、メゾン・ディオールは、新しい受注に応え続けていた。

そして、レ・アール中央市場の花屋では、春の花たちが、次々と到着していた。

兄妹は、それぞれの場所で、それぞれの仕事を続けていた。

戦争を生き残った者たちが、新しい時代を創造していた。

その創造は、決して派手ではなかった。

だが、その持続と深さが、フランスの戦後を、確かに支えていた。


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