第10話 1945年4月~5月—解放
## 上
四月二十日の夜。
収容所内の秩序が、完全に失われていた。
ロシア軍の接近。その報告が、より明確になってきた。
ドイツ軍は、急いでいた。それまで曖昧だった移送計画が、具体化していた。
「Evacuation. Immediate」
即刻移送。
その命令が、下された。
カトリーヌは、彼女が属する労働班とともに、収容所を出た。列に並ぶ。何百人もの女たちの列。彼女たちの多くは、工場労働者。つまり、ドイツ軍にとって価値のある人間たちだ。
一方、より衰弱した女たちは、後に残された。彼女たちが何を意味するのか、囚人たちは知っていた。
カトリーヌは、その列を見ながら、自分が選別されたことへの複雑な感情を覚えた。生きる権利。それが、ドイツ軍による評価によって、与えられ、奪われた。その評価体系への服従が、彼女の生存を支えていた。
行進が始まった。目的地は、明かされなかった。北。それだけが知らされていた。スウェーデンという言葉も、囁かれていた。だが、確実ではない。デンマーク。ノルウェー。その方向さえ、推測に過ぎない。ただ、行進。それだけが、現実だった。
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## 中
行進は、地獄だった。
第一日。
カトリーヌの体は、すでに極限に達していた。十八ヶ月の強制収容所での生活は、彼女の身体を、ほぼ完全に損傷していた。筋肉は、ほぼ失われている。骨だけの足で、地を踏む。最初の数時間で、多くの女たちが、倒れた。看守たちは、倒れた者たちを置き去りにした。あるいは、銃で撃った。
カトリーヌは、倒れることなく、歩き続けた。その意志が、どこから来ていたのか、彼女は知らない。単なる生存本能か。それとも、何か別のものか。兄への思い。パリへの思い。それらが、彼女の脚を、前へ前へと動かしていた。
第二日。
食料は、与えられなかった。
ドイツ軍は、撤退中だった。補給線は、もはや機能していない。囚人たちは、沿道の村々から、わずかな食べ物を盗んだ。あるいは、与えられた。ある村では、住民たちが、パンを囚人たちに投げた。その慈悲。その同情。カトリーヌは、その時、人間性がまだ、この世界に残されていることを感じた。
第三日。
病気が出始めた。
チフスの症状を示す女性がいた。彼女は、歩き続けることができなくなった。看守は、その女性を、道の脇に置き去りにした。他の囚人たちが、彼女を抱き起こそうとした。
「Leave her」
彼女を置いていけ。その命令の前に、誰もが無力だった。その女性は、そこに留まった。そして、その時点で、彼女の運命は、決定されていた。
歩き続ける者たちと、置き去りにされる者たち。その分岐が、生と死を決めていた。
カトリーヌは、歩き続けることを選んだ。それが、生存への唯一の道だったから。
四日目。
列が、速度を上げた。
ロシア軍が、より近づいてきたのだ。
ドイツ軍は、急いでいた。
囚人たちも、ある種の希望を感じていた。
ロシア軍が来れば、ドイツ軍の支配は終わる。
その希望が、歩行を加速させた。
だが、その希望は、同時に危機でもあった。
ドイツ軍は、ロシア軍に先んじて、囚人たちを処理することも考えていたのだ。
究極の選択。
ロシア軍による解放か。ドイツ軍による最終的な処理か。
その両者が、競争する中で、囚人たちは、歩き続けていた。
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## 下
五月初旬。
列が、北欧の方角へ向かっていることが、確実になった。
スウェーデン。デンマーク。
その方角への行進。
カトリーヌは、その時点で、完全に衰弱していた。
歩く力さえ、残されていない状態だった。
だが、彼女は歩いた。
その意志の源は、もはや、論理的なものではなかった。
単なる機械的な反復。足を前に出す。その繰り返し。
その中で、彼女の意識は、ほぼ消えていた。
五月中旬。
列が、ドイツ領を離れた。
スウェーデン領土へ。あるいは、その境界線へ。
その時点で、新しいことが起こった。
赤十字の車。真っ白な車。その側面に、赤十字のマークが描かれていた。
ドイツ軍は、その車を受け入れた。
スウェーデン赤十字。そして、その代表者。
カウント・フォルク・ベルナドット。
その名前は、後に、多くの人間たちの生命を救った者として、歴史に刻まれることになるが、その時点では、カトリーヌは、その名前さえ知らなかった。
ただ、赤十字のマークを見たことで、何かが変わる可能性があると感じた。
ベルナドットは、ドイツ軍指導部との交渉に当たっていた。
「These women must be protected by the Red Cross」
これらの女性たちは、赤十字による保護を受けるべきだ。
その交渉は、多くの困難を伴った。
だが、ベルナドットは、スウェーデンの中立的立場を利用して、圧力をかけた。
結果として、囚人たちの一部が、赤十字の保護下に置かれることが合意された。
カトリーヌは、その選別に加えられた。
彼女の衰弱の程度が、医学的な緊急性を示していたから。
赤十字のテント。
それは、収容所ではない。
医療従事者がいた。男性だ。女性だ。彼らは、白い衣服を着ていた。
その色が、カトリーヌには、天使のように見えた。
「We will help you」
私たちが助けます。
その言葉を、彼女は、何度も何度も、反芻した。
助ける。その概念が、彼女の中で、失われていた。
人は、他者を助けるのか。それとも、奪うのか。
それまでの彼女の経験は、後者だった。
だが、この時、その経験が、覆された。
医療処置。
彼女の身体を見て、医師たちの顔が、何か深い感情的反応を示した。
「Dear God」
主よ。
その呟き。その表情。
カトリーヌは、その時、自分の身体がどの程度、破壊されているのかを、初めて他者の反応を通じて理解した。
脚の浮腫。栄養失調による骨の突出。皮膚の炎症。
医学的な用語ではなく、単なる人間的な反応。
その反応が、彼女に、ある種の安全感をもたらした。
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## エピローグ—新しい不確定性
五月下旬。
カトリーヌは、スウェーデンへ移送された。
赤十字の管理下での移送。
列車。だが、今度は、貨物車ではなく、実際の乗客車両。
食料が、与えられた。何度も。栄養価のあるスープ。パン。時には、肉さえ。
その栄養が、彼女の身体に戻ってきた。わずかに。
スウェーデンでの回復期間。
複数の女性たちが、同じ状況にあった。
ユダヤ人女性。ポーランド人。フランス人。様々な国籍。様々な背景。
だが、すべてが、同じ地獄を生き延びてきた者たちだ。
言葉は、それほど重要ではなかった。
眼差しで、すべてが伝わった。
医療を受けた。療養を受けた。
だが、その中で、彼女は、自分の生存の現実に直面し始めていた。
彼女は、生きている。
マリアは死んだ。何千人もの女たちが死んだ。
だが、彼女は生きている。
その生存の意味は、何か。
責任感。同時に、罪悪感。
なぜ、自分だけが生き残ったのか。
その問いは、回答を求めていた。
だが、その回答は、彼女の中では、見つからなかった。
パリへの帰還への準備が、始まった。
フランス政府との連絡。赤十字による帰国支援。
カトリーヌ・ディオール。その名前が、フランス政府の記録に載った。
移送囚人。生存者。帰国予定者。
彼女は、単なる番号ではなく、名前を取り戻していた。
だが、その名前の意味が、彼女自身にとって、どのような意味を持つのか。
彼女は、まだ知らなかった。
兄への思い。
クリスチャンは、何をしているのか。彼女を探しているのか。彼女を諦めているのか。
その不確定性が、彼女を、わずかに不安にさせた。
六月初旬。
パリへ向かう列車が、準備された。
カトリーヌは、その列車に乗った。
赤十字職員に支えられながら。
彼女の脚は、まだ、自分の体を完全に支えることができなかった。
だが、彼女は、前へ進んでいた。
パリへ。
その名前を聞く度に、何か遠い記憶が、よみがえった。
セーヌ。ノートル=ダム。ルーヴル。
そしてクリスチャン。
兄。その名前を、彼女は思い出していた。
彼女は、生き残った。
その事実が、すべてだった。
列車が、フランスの地へ向かっていた。
その列車の中で、カトリーヌ・ディオールは、新しい人生への第一歩を踏み出していた。
何を失ったのか。何を得たのか。
その計算は、まだ始まっていなかった。
ただ、生存。その一点だけが、彼女を支えていた。




