Quiet
少しだけ、静かだった。
さっきまでの流れが、そのまま続いている。
配信は、切れていない。
終わらせずに、そのまま。
一戦、終わる。
音が、少しだけ落ち着く。
それなのに。
どこか、違う。
「……なんか、ひさしぶりな感じする」
ヒカリがふっと笑って、軽く体を伸ばす。
ユイは、少しだけ視線を動かした。
「三日ぶりだけど」
「三日って、配信者だと結構長いよ?」
「そういうもの」
「そういうもの」
同じ言葉を返されて、ヒカリが小さく吹き出す。
その笑い方に、ユイの肩の力が少しだけ抜ける。
視界の横でコメントが流れる。
《ナイス》
《いいね》
《落ち着く》
《今日はまったり?》
《無理しないでねー》
《コハクいる?》
「あ、見て。もうコハク待ちの人いる」
ヒカリがそう言った瞬間、ソファの背もたれの上から白いしっぽがひょこっと揺れた。
次の瞬間、ぴょんと軽く跳んで、コハクがテーブルの上に着地する。
「いた」
ユイが言う。
「いたねえ」
ヒカリがしゃがみこんで、目線を合わせるように笑った。
「こんばんは、コハク」
こくん。
小さくうなずくみたいに頭が揺れる。
《かわいい》
《今日もおる》
《癒し枠きた》
《なんか前より表情ある?》
《賢くなってない?》
「賢くなってない?」
ヒカリがコメントを読み上げる。
「それ、前から言われてる」
ユイが淡々と返すと、コハクがじっとユイを見た。
それから、まるで理解したみたいな間を置いて、ふいっと顔を背ける。
「……今のわざと?」
「たぶん」
「えっ、ショックなんだけど」
ヒカリが胸を押さえて大げさにのけぞる。
その横で、コハクはひらりとテーブルを降りると、まっすぐユイの膝の上に乗った。
数秒、部屋が静かになる。
「そっち行くんだ」
ヒカリが言う。
「……今日はそういう気分らしい」
ユイはそう言って、でも追い払わなかった。
膝に乗ったコハクは妙におとなしくて、丸くなるでもなく、ただ座っていた。
まるで何かを見張るみたいに。
《ユイの方いった》
《めずらし》
《これは守護》
《騎士ポジ》
《コハク、空気読んでる?》
「空気読んでるって言われてるよ」
ヒカリが笑う。
「読んでるかも」
「ユイまでそんなこと言うんだ」
「……否定しきれない」
「今日はさ」
ヒカリが、軽くその場に座り込む。
「なんか、すごいことするっていうより」
「うん」
「普通に話したいかも」
コメントが少しだけやわらかく流れる。
《それがいい》
《雑談助かる》
《こういうの好き》
《いてくれるだけでいい》
その一つを見た瞬間だけ、ヒカリの目がほんの少し揺れた。
でもすぐに笑う。
「いてくれるだけでいい、かあ」
「嬉しそう」
「嬉しいよ」
ヒカリはそのまま、少しだけ間を置く。
それから。
「……前と同じじゃないけど、いい」
小さく繰り返す。
「うん」
ユイも短く返した。
「なんかさ。戻る、って感じじゃないんだよね」
ぽつりと落ちる声。
「前みたいに、何もなかったみたいに、っていうのは多分ちょっと違って」
少しだけ笑う。
「前と少し違うまま、やっていく、みたいな」
《うん》
《それでいい》
《無理に戻らなくていい》
《今のふたりが好き》
「ユイ」
ヒカリが呼ぶ。
「ん」
「次、どうしよっか」
ユイは少し考える。
コハクが、二人の間に降りる。
白い背中が、静かに揺れる。
「……急がなくていいと思う」
「うん」
「やれることを、ちゃんとやる」
「うん」
「その方が、たぶん遠くまで行ける」
ヒカリは少しだけ目を丸くして、それから笑う。
「そういうの、ユイが言うと強いなあ」
「別に」
ヒカリは、コメントを見る。
速すぎない流れ。
押しつけない空気。
ただ、見ている人たち。
「……じゃあ、もう一戦いこっか」
ユイが、すぐに動く。
その動きは。
さっきより、少しだけ軽い。
二人と、一匹。
その空間は。
静かなまま。
でも。
確かに。
前に進んでいた。




