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「ねえヒカリ、これ見て」
配信開始前。
ユイは少し迷いながら、画面を差し出した。
「ん?」
ヒカリが覗き込む。
そこに表示されていたのは、短い動画。
昨日の配信の切り抜きだった。
白い狐が、ヒカリの動きを真似する瞬間。
《この配信なんかおかしくない?》
《こんな動物いたっけ》
《バグ?それとも新機能?》
そんなコメントが、いくつも並んでいる。
「……なにこれ」
「昨日の、見てた人が投稿したみたい」
「え、やば」
ヒカリの目が、ぱっと明るくなる。
「これ、バズってる?」
「……小さいけど、少しだけ」
再生数は数千程度。
大バズではない。
でも――確実に、広がっている。
「じゃあさ!」
ヒカリがぱっと顔を上げる。
「今日、ちょっと人来るかもじゃない?」
「……かもね」
ユイはうなずきながらも、胸の奥がざわついていた。
広がっていいものなのか。
あの狐は、本当に――
「よし!配信つけよ!」
ヒカリは迷わない。
いつも通り、楽しそうに配信を始める。
視聴者数――8。
《昨日の狐の人?》
《見にきた》
《あれガチ?》
「お、増えてる!」
ヒカリが嬉しそうに手を振る。
「やっほー!来てくれてありがとー!」
コメントの流れが、少しだけ速い。
それだけで、空気が変わる。
「ユイ、これ今日いけるんじゃない?」
「……どうかな」
言いながら、ユイは後ろを見る。
狐は、そこにいる。
静かに座って、ヒカリを見ている。
「ねえ、この子見たいって人多いよ!」
ヒカリが振り返る。
「ほんとだ、かわいいでしょー!」
狐に手を伸ばす。
狐は、その動きを見て――
少し遅れて、同じように頭を動かした。
《今の真似した?》
《え、やば》
《賢すぎない?》
《これなんのペット?》
視聴者数が、ゆっくり増えていく。
8、12、18、24……
「え、ちょっと待って、増えてない!?」
ヒカリの声が弾む。
「ユイ!見て見て!」
「……うん」
ユイは、笑顔を作る。
でも、その目は狐から離れない。
狐は、ただ真似しているだけ。
そう見える。
でも――
「……」
一瞬だけ。
コメント欄よりも早く、ヒカリの動きを“先読みした”ように見えた。
気のせいかもしれない。
そう思おうとする。
《フォローした》
《切り抜き増えそう》
《これ伸びるやつ》
視聴者数――31。
数字が、初めて“跳ねた”。
「やば……!」
ヒカリが、思わず笑う。
「これ、バズってるってやつじゃない!?」
その言葉に、コメントがさらに流れる。
《きたな》
《見つかってしまったか》
《古参になるわ》
空気が変わる。
今までの“いつもの配信”じゃない。
何かが、始まっている。
ユイは、狐を見る。
狐は、ヒカリを見る。
その視線は、まるで――
最初からそこにいるのが当然みたいに、落ち着いていた。




