カインの子供の頃
それは珍しいことだった。
閉店後、シルヴィアが裏口を叩いた。
「少し、いいか」
「どうぞ」
シルヴィアはカウンターの端に座った。カインはハーブティーを一杯淹れた。
「先月、私の昔話をした。子供の頃の話を」
「はい」
「あのとき、あなたはいつかと言った」
「はい」
「今夜、話せますか」
カインは少し間を置いた。
しばらく黙っていた。
シルヴィアは待った。急かさなかった。
「……話せます。少しだけ」
「少しでいい」
「私は、王都の生まれではありません。北の小さな町で生まれました」
「そうですか」
「父は兵士で、母は早くに死にました。私が七つのときです」
シルヴィアは黙って聞いた。
「父は仕事で家を空けることが多かった。私はほとんど一人で育ちました。一人でいることに慣れた、というより、そうするしかなかった。でも、嫌いではなかった」
「一人でいることが、落ち着いた」
「はい。十二のときに、父が死にました。戦場で。それで北の町を出て、少しずつ南へ移って、十五で王都に来ました」
「王都で、ハウンドに入ったのですか」
「直接ではありません。最初の三年は、荷運び、市場の手伝い、鍵師の助手。でも、どれも長続きしなかった。誰かと一緒にいることが、うまくできなかった」
「一人で育ったから」
「そうだと思います。十八でハウンドに入ったのは、一人でできる仕事が多かったから、向いていると思われたのでしょう」
シルヴィアはハーブティーを飲んだ。
「十二から十五まで、一人でいたのですね」
「はい」
「……しんどかった」
「当時は、しんどいという感覚がよくわからなかった。それが普通だと思っていたので」
「私も同じだった。しんどいが何かわからないまま、ただ生きていた」
二人は少しの間、黙ってハーブティーを飲んだ。
「今は、しんどいがわかりますか」とシルヴィアが聞いた。
「今は、わかります。ここを作ってから、しんどい人が来て、少し楽になって帰る。その変化を見続けることで、しんどいというものの形が少しずつわかってきました」
「あなたは、しんどい人を見ることで、しんどいを覚えた」
「そうかもしれません」
「……不思議な道のりだな」
シルヴィアは立ち上がった。
「今夜は話してくれてありがとう」
「続きは、また今度」
「急がない。でも、聞きたいと思っている」
「覚えておきます」
シルヴィアは裏口から出た。
カインは一人になって、ハーブティーの残りを飲んだ。
話したのは、ほんの一部だった。
でも、話せた。
それで、今夜は十分だった。




