ラシードの最後のコーヒー
ラシードの帰国まで、一週間になった。
今日は「最後のコーヒーの稽古」だった。
ラシードはカウンターの前に立った。
「やらせてください」
「どうぞ」
ラシードは豆を量った。手帳を見ながら、でも手帳より自分の感覚を信じながら。
挽いた。お湯を沸かした。ポットを温めた。
粉をドリッパーに入れた。
最初の一投。円を描くように、ゆっくりと注いだ。
粉が膨らんだ。
「良い膨らみ方です」とカインが言った。
二投目、三投目。
カップにコーヒーが落ちていった。
出来上がった。
ラシードはカインに差し出した。
カインは飲んだ。
「どうですか」とラシードが聞いた。
「良いコーヒーです。丁寧さが出ています」
ラシードは大きく息を吐いた。
「自分でも飲んでみてください」
ラシードは一口飲んだ。
「……王都の味、がします」
「そうですか」
「自分の国に帰っても、この味を思い出しながら淹れます。完全には再現できないかもしれないけれど」
「完全に同じでなくていいと思います。ラシード様の国で淹れると、ラシード様の国のコーヒーになります」
「それも、良いことですか」
「良いことだと思います」
ラシードはカップを置いた。
「一つ、お礼を言わせてください。この店に来て、コーヒーを覚えました。でも、覚えたのはコーヒーだけではなかった。じっくり待つこと、丁寧にやること、違いを受け入れること。仕事にも使えることを、ここで学びました」
カインは静かに言った。
「コーヒーから学んだのだと思います。私は豆と道具を用意しただけです」
「あなたの見せ方が、良かったのです」
「ありがとうございます」
ラシードは手帳を閉じた。
「来年、また王都に来たとき、最初にここに来ます」
「お待ちしています」
「また同じコーヒーを飲んで、また同じカウンターに立たせてください」
「どうぞ」
ラシードは扉を開けた。
「カイン、あなたは良い仕事をしています」
扉が閉まった。
遠い国に、この店のコーヒーが伝わっていった。




