アレンの本が出た日
九月の第一週、アレンの本が出た。
タイトルは「ある場所のこと」だった。著者名はアレン・クロスではなく、「A・クロス」とだけ書かれていた。
その日の午後、アレンはSOLITAIREに来た。
本を一冊持ってきた。
「置いていく」
カインは受け取った。
ゼファーの本の隣に、そっと並べた。
「今日はどんな気持ちですか」
アレンは席に着いて、コーヒーを頼んだ。
「怖い。本屋に並んでいるのを見て、逃げてきた」
「逃げてきた」
「自分の書いたものが、知らない誰かに読まれると思うと、急に怖くなった。書いているときは平気だったのに」
「書くことと、読まれることは別のことですから」
「そうだな。書くのは自分のためだった。でも出すのは、誰かのためになる。そのすれ違いが、急に怖くなった」
コーヒーが来た。アレンは一口飲んだ。
「最初の読者は、先月ここに来た女性でしたね」
「そうだな。試し刷りを持ってきた人か」
「その方が本を大切に持っていました。アレン様の文章を、大切に読んでいた人です」
アレンは少し間を置いた。
「……そうか」
「怖さと、届くことは、同時に起きます」
アレンはコーヒーを飲んだ。
しばらく黙っていた。
「カイン、俺はこれからも書くと思う。次は何を書くか、まだわからないけど」
「楽しみにしています」
「お前に読んでもらうのが、一番緊張しないな。過剰に喜ばないから」
「そうですか」
「でも、ちゃんと読んでくれているのはわかる。それが、一番良い読者だ」
カインは何も言わなかった。
でも、その言葉は、今日のコーヒーより少し長く、胸の中に残った。
棚の上で、二冊の本が並んでいた。
「ある場所のこと」と「新魔法理論体系 第一巻」。
二冊とも、この場所で書かれた。
それは静かな事実として、棚の上にあった。




