八月の終わりに、六人と一人
八月の最後の日曜日、SOLITAIREは午後から満席になった。
アレンが来た。ミレイアが来た。エルナが来た。ケントが来た。ラシードが来た。エミリが来た。
六席が埋まった。
いつもの常連と、新しい常連が混ざった夜だった。
誰も誰かに声をかけなかった。
ただ、それぞれの飲み物を飲んでいた。
アレンは原稿の最終確認をしていた。来月、正式に出版される。
ミレイアは弟子ルナの次の試合のことを考えていた。
エルナは来週の縁談の相手と会うことを、静かに準備していた。
ケントは、騎士団に戻るかどうかを、まだ考えていた。
ラシードは手帳にコーヒーの覚え書きをしていた。帰国まで一ヶ月になっていた。
エミリは来月から始まる出張のことを考えていた。初めての王都の外。
カインはいつものように動いた。
コーヒーを出し、紅茶を出し、おかわりを静かに置く。
夕暮れが路地に差し込んで、店内が橙色に染まった。
その光の中で、六人が六つのことを考えていた。
しばらくして、エルナが独り言のように言った。
「八月が終わりますね」
誰も返事をしなかった。
でも、その言葉は六つの仕切りを越えて、それぞれに届いた。
アレンは窓の外を見た。
ミレイアは目を閉じた。
ケントは深く息を吸った。
ラシードは手帳を閉じた。
エミリはカップを持ち上げた。
カインはカウンターで、静かに次のコーヒーを準備した。
一人ずつ帰っていった。
最後に残ったのは、ラシードだった。
「もう少しいてもいいですか」
「どうぞ」
「帰国が近くなってきて……なんか、落ち着かなくて」
「そうですか」
「この国に来て三ヶ月弱。最初は知らない場所でした。でも今は、少し知っている場所になった。知っている場所を離れることが、寂しい」
「それは、王都を好きになったということですね」
「ここが、その中でも特に」
カインは静かに言った。
「帰国しても、また来ることはできますか」
「仕事があれば。来年、また交渉があるかもしれない」
「その時は、お待ちしています」
「その言葉だけで、少し楽になります」
ラシードは立ち上がった。
「来週、最後のコーヒーの稽古に来ます。覚えたことを、まとめてやってみます」
「楽しみにしています」
「先生と生徒、どちらが俺でどちらがあなたかわからなくなってきましたが」
「コーヒーは私が先生です。それ以外は、お客様から教わることの方が多いです」
ラシードは少し笑って、扉を出た。
八月が終わった。
秋が来ようとしていた。




