ラシードとコーヒーの話
ラシードが三度目に来たのは、七月の終わりだった。
今日は手帳を持っていた。
「教えてもらえますか。コーヒーの淹れ方を」
「今日から始めますか」
「はい。帰国まで二ヶ月あります。毎週来ます」
カインは豆の棚を指した。
「まず、豆から説明します」
ラシードは手帳を開いた。
カインは豆の種類、産地、焙煎度合いを一つずつ説明した。ラシードは丁寧に書き取った。
「あなたの国では、どんな豆を使いますか」
「我が国の豆は、もう少し軽い。あっさりとした味です。あなたのは深い」
「土地や気候で豆の味が変わります。どちらが良い悪いではなく、それぞれの良さがあります」
「そうですね。私は最初、こちらの豆は濃すぎると思いました。でも飲み慣れると、深さが好きになりました」
「慣れることで見えるものがあります」
ラシードはそれを書き取った。
「この言葉、コーヒーだけではなくて、国のことにも言えますね」
「そうですね」
「私の仕事も、この国に慣れることで、良い交渉ができるかもしれません」
カインはコーヒーを一杯淹れた。
「今日は見ていてください。来週、実際に淹れてもらいます」
「わかりました」
ラシードはカインの手元を、細かく観察した。手帳に図を描いた。
コーヒーが出来上がった。
「飲んでみてください」
ラシードは飲んだ。
「今日は、いつもと違う気がします」
「今日は少し丁寧に淹れました。あなたが見ているので」
「見られると変わるのですか」
「少し変わります。意識が高まるので」
ラシードは手帳にそれも書いた。
「これも、コーヒーだけではないですね。仕事も、誰かが見ていると丁寧になる」
「そうかもしれません」
「あなたと話していると、コーヒー以外のことも学べる気がします」
「コーヒーの話しかしていませんが」
「それがコーヒー以外のことに繋がっていきます」
カインは静かに言った。
「来週も来てください。次は挽き方から教えます」
「はい。来週もここに来ることが、今週の楽しみになりました」
ラシードは帰った。
カインは手帳に細かく書き取ったラシードの姿を思った。
遠い国から来て、三ヶ月でコーヒーを覚えて帰る。
その帰国先でも、この味が続く。
地図が、また少し遠くまで伸びた気がした。




