シルヴィアの昔話
シルヴィアが来たのは、蒸し暑い夜だった。
「少し話してもいいか」
「どうぞ」
シルヴィアはハーブティーを頼んで、いつもの席に座った。
「昔の話をしたい」
「はい」
「暗殺者になる前の話。あんまり誰にもしたことがないけど、今日はなんか、したい気分で」
「聞きます」
シルヴィアは少し間を置いた。
「私は十五のときに、親が死んだ。二人とも、同じ年に。父は病気で、母は事故で。それで、一人になった」
カインは黙って聞いた。
「親戚はいたが、誰も引き取ってくれなかった。当時の私には、お金もコネもなかったから。それで路地で生活して、食べ物を盗んで生きていた」
「そのときに夜の枝と出会ったのですか」
「そう。私の手先の器用さを買われて、スカウトされた。最初は単純な仕事だった。鍵を開けるとか、何かを盗んでくるとか。殺しの仕事をするようになったのは、三年後くらい」
「そのとき、嫌だと思いましたか」
「思わなかった。それが怖い。生き延びることで精一杯だったから、嫌とか好きとか考える余裕がなかった」
シルヴィアはハーブティーを飲んだ。
「花屋を始めてから、植物の世話をするようになって、初めて何かを育てることを覚えた。十五から二十八まで、ずっと何かを終わらせることばかりしてきたから、育てることが……新鮮で」
「それが、花屋を選んだ理由の一つですか」
「そうかもしれない。意識していなかったけど、今思えばそうかも」
カインはおかわりを持ってきた。
「今、好きなことはありますか」
「好きなこと」シルヴィアは少し考えた。「花が育つのを見ること。ドグマが花の名前を覚えること。ここのハーブティー。あとは……」
「あとは?」
「朝、誰もいない花屋で一人で準備するとき。静かで、花の匂いがして、誰にも何も要求されない時間」
カインは静かに言った。
「それは、良い時間ですね」
「そうだな。十五の私に、こういう朝が来ると言っても、信じなかっただろうな」
「信じなくても、来たのですね」
「来た」
シルヴィアはハーブティーを飲み干した。
「話してよかった。誰かに話すと、少し整理される」
「そうですね」
「カイン、あなたはどこから来た人なんだろうと、たまに思う」
「どういう意味ですか」
「こういう店を作った理由が、あなたの過去にあるのはわかった。でも、その前の話。子供の頃とか」
カインは少し間を置いた。
「……いつか、話せるときに」
「急がない。でも、聞きたいと思っている」
「覚えておきます」
シルヴィアは立ち上がった。
「また来週」
「お待ちしています」
扉が閉まった後、カインは少し遠くを見た。
子供の頃の話。
それはまだ、自分の中でも整理がついていないことだった。
いつか、話せるときに。
その日が来るかどうかは、まだわからなかった。




