魔術師の弟子、単独来店
ゼファーの弟子ファリドが、一人でSOLITAIREに来たのは、七月の暑い日だった。
師匠には内緒で、と思っていたが、扉を開けたらカインが静かに言った。
「ファリド様ですね」
「え、なんで知ってるんですか」
「ゼファー様から少しお話を聞いていましたので」
「先生、俺のことを話してたんですか」
「よく話してくださいます」
ファリドは少し照れた顔をしながら、席に着いた。
「コーヒーを。砂糖は二つで」
「先生と同じですね」
「先生に似てきちゃったかな。嫌だな」
「似ることは悪いことではないと思いますが」
「先生みたいに無口にはなりたくないです」
カインはコーヒーを持ってきた。
「先生は最近、少し話すようになりましたよ」
ファリドは目を丸くした。
「本当ですか」
「はい。ファリド様のことをよく話してくださいます」
「俺のことを……先生が?」
「旅の話、手紙の話、今年の研究の話」
ファリドはしばらく黙った。
少し、目が赤くなった。
「……知らなかった」
カインは何も言わなかった。
ファリドはコーヒーを飲んだ。
「先生のことが苦手だったんです。最初は」
「そうですか」
「無愛想で、褒めてくれなくて、一緒にいても何考えてるかわからなくて。でも、旅に一緒に行ってから、少し変わった気がして」
「旅で何が変わりましたか」
「先生が、初めて俺のことを心配してくれたのが、旅のときでした。川を渡るとき、俺が先に渡ろうとしたら、先生が手を出して、先に渡らせてくれなかった。流れが速いから、と言って」
「それが嬉しかったのですか」
「嬉しかった。先生が俺を、ただの助手じゃなくて、守るべき人間として見てくれてる気がして」
カインは静かに聞いていた。
「それからは、先生のことが好きになりました。こんな感情、先生には言えないけど」
「言っても良いかもしれませんよ」
「無理です。絶対変な顔されます」
「変な顔をしながらも、受け取ると思います」
ファリドはコーヒーを飲み終えた。
「先生には内緒で来たんですが」
「言いません」
「でも、なんか、来たことが伝わりそうで怖いです。先生、鋭いから」
「それはわかりません」
ファリドは立ち上がった。
「また来ます。木曜の先生がいないときに」
「木曜は先生がいます」
「じゃあ金曜に」
「どうぞ」
ファリドは扉を出た。
その翌週の木曜、ゼファーがコーヒーを飲みながら、さりげなく言った。
「ファリドが来たようですね」
「何も言っていませんが」
「砂糖が二つのコーヒーを頼んだはずです。二つはあの子の癖で、私は違う入れ方をします」
カインは何も言わなかった。
ゼファーも何も言わなかった。
二人は、静かにコーヒーを飲んだ。




