アレンの読者
七月のある日、SOLITAIREに見慣れない客が来た。
二十代の女性で、本を一冊手に持っていた。
扉を開けて、恐る恐る中を見回した。
「お一人でよろしいですか」
「お一人様専用です」
「あ、良かった。では入ります」
窓際の席に座った。持っていた本を置いた。
カインはその本を見た。
まだ出版されていない、アレンの原稿だった。
いや、よく見ると製本されていた。正式な本ではなく、試し刷りのようなものだった。
「コーヒーを」
「かしこまりました」
コーヒーが来た。女性は一口飲んで、また本を開いた。読み始めた。
しばらくして、女性がカインに聞いた。
「すみません、この本……ご存知ですか」
「どんな本ですか」
「アレン・クロスという人が書いた本で、まだ出版前なのですが、出版社の知り合いに見せてもらって。英雄が王都に帰ってきてからのことを書いたもので」
カインは少し間を置いた。
「そのような本があるのですか」
「はい。来月出る予定で。この中に、お一人様専用のカフェの話が出てくるんです。王都の路地の角にある、小さなカフェ。英雄がそこに来ることで、少しずつ自分を取り戻していく話が」
「そうですか」
「実在するのかな、と思って。王都の路地を歩いていたら、丸窓の光が見えて、入ってみたら……ここでした」
カインは静かに言った。
「コーヒーのおかわりはいかがですか」
「あ、はい、いただきます」
女性はもう一度本を読み始めた。
読みながら、時々窓の外を見た。また本を見た。
一時間ほどして、立ち上がった。
「実在したんですね。この店」
「どうでしょう。本の中の店と同じかどうかは、わかりませんが」
「同じだと思います。なんか、そういう感じがします」
「ありがとうございます」
「また来ていいですか」
「お一人様であれば、いつでも」
女性は扉を出た。
その日の夕方、アレンが来た。
「試し刷りが出回っているようですよ」とカインが言った。
アレンは少し目を見開いた。
「……もう?」
「今日、本を持った方が来ました」
「まじか」
アレンはコーヒーを受け取りながら、少し照れた顔をした。
「ここに来た、ということは、本を読んでここを探してきたのか」
「そのようです」
「……どんな人だった」
「二十代の女性で、本を大切に持っていました」
アレンはコーヒーを飲んだ。
「本が人を連れてくることになるとは、思っていなかった」
「これからもっと来るかもしれません」
「それはいいのか? 本の読者がここに来ても」
「お一人様であれば、どなたでも」
アレンは少し笑った。
「そうだな。お前はそう言うよな」




