エミリと商会の話
エミリが月曜に来たのは、珍しかった。
平日に来るのは、六ヶ月ぶりだった。
「休みをもらいました。少し考えたいことがあって」
「どうぞ」
エミリはいつものカウンター横の席ではなく、窓際の席に座った。お客の席だった。
コーヒーを頼んだ。
「淹れますか」とカインが聞いた。
「いいえ。今日は飲む側でいたいです」
コーヒーが来た。エミリは一口飲んで、窓の外を見た。
しばらく黙っていた。
「商会の仕事、どうですか」
「楽しいです。でも……父が、来年から私に任せたい仕事があると言っていて」
「どんな仕事ですか」
「王都の外の取引先との交渉です。月に一度、一週間ほど、王都を離れることになる」
「それが悩みですか」
「悩みというより、迷いです。やってみたいと思っている。でも、ここに来られなくなる週が増えることが……」
エミリはコーヒーを見た。
「ここが、そんなに大事ですか」とカインが聞いた。
「大事です。でも、その大事さのせいで、新しいことを断るのは、違う気がして」
カインは少し間を置いた。
「ここは、逃げ場にしてほしくありません」
エミリは顔を上げた。
「逃げ場?」
「ここにいることが、新しいことをしない理由になるなら、それは良くないと思います。ここは、新しいことをした後に帰ってくる場所であるべきだと思います」
エミリはしばらく考えた。
「……なんか、突き放されてる気がします」
「突き放しているわけではありません。ここは変わらずあります。ただ、エミリさんには、外にも行ってほしいということです」
「行っていいですか」
「行ってください」
「月に一週間、来られなくなっても?」
「残り三週間、お待ちしています」
エミリは少しの間、カインを見た。
「……わかりました。やってみます」
「それが良いと思います」
エミリはコーヒーを飲み干した。
「来月から始まります。最初の出張の前日、ここに来ていいですか」
「もちろんです」
「そして帰ってきたら、すぐ来ます」
「お待ちしています」
エミリは立ち上がった。少し、肩の力が抜けた顔をしていた。
「ありがとうございました。背中を押してもらった気がします」
「押したつもりはありませんが」
「じゃあ、扉を開けておいてくれた、かな」
扉が閉まった。
カインはカウンターに戻りながら、その言葉を思った。
扉を開けておく。
それが、この店のもう一つの仕事かもしれないと、思った。




