隣国からの客
六月の初め、SOLITAIREに見慣れない言葉が聞こえた。
扉を開けて入ってきたのは、三十代の男だった。肌の色が少し浅黒く、服の仕立てが王都とは違う。旅の荷物は背負っていないが、靴に長旅の埃がついていた。
「……すみません。一人、ですが」
言葉は王都の言葉だったが、わずかに訛りがあった。
「お一人様専用ですので、お一人でちょうど良いです。お好きな席へどうぞ」
男は少し安堵した顔をして、窓際の席に座った。
「コーヒー、ありますか」
「はい」
「こちらの国のコーヒーを、飲んでみたかった。私の国では紅茶の方が多いので」
「かしこまりました」
コーヒーが来た。男は両手でカップを包んで、香りを嗅いだ。一口飲んだ。
目を細めた。
「……違う」
「隣国のコーヒーとは違いますか」
「違います。苦いのは同じですが、深さが違う。こちらの方が、時間をかけた感じがする」
「豆の産地と焙煎の違いかもしれません」
男はもう一口飲んだ。
「良い味です」
「ありがとうございます。隣国からいらしたのですか」
「はい。王都に来たのは初めてです。仕事で三ヶ月ほどいます」
「どんなお仕事ですか」
「通商の交渉です。我が国と、この国の間で、新しい取引の形を作る仕事を任されました」
男はコーヒーを飲みながら、窓の外を見た。
「王都は大きい。私の国の都より、ずっと大きい。人が多くて、少し疲れます」
「慣れない場所は疲れますね」
「そうです。ここは静かで、助かります」
カインはおかわりを持ってきた。
「お名前を伺っていいですか」
「ラシードといいます。ラシード・アルマーニ」
「ラシード様、ようこそSOLITAIREへ。王都にいる間、いつでも来てください」
ラシードは少し驚いた顔をした。
「来ていいのですか。外国人でも」
「お一人様であれば、どなたでも」
「それは……ありがたい」
ラシードはコーヒーを飲んだ。
「私の国には、こういう店はありません。一人でいるための場所というのは、不思議な考え方です。でも、来てみると、必要なものだとわかります」
「必要なものが、国によってあったりなかったりするものなのかもしれません」
「そうですね。あなたは、良いものを作りました」
カインは静かに言った。
「ありがとうございます」
ラシードは帰り際に言った。
「来週また来ます。コーヒーを覚えたい」
「どういうことですか」
「自国に帰ったとき、この味を再現できるようになりたい。それくらい、美味しかった」
カインは少し間を置いた。
「豆の選び方から教えられますが、三ヶ月で覚えられるかどうか」
「三ヶ月、毎週来ます」
「では、少しずつ」
ラシードは扉を出た。
隣国の通商交渉の担当者が、SOLITAIREの常連になった最初の日だった。




