エミリの卒業試験
エミリが「試験をしてほしい」と言ったのは、五月に入ってからだった。
「卒業試験、というのを受けたい」
「どんなことですか」
「一日、完全に私一人で店を開けて、カインさんは全く関わらない。それができたら、来年からでも安心して送り出してほしい」
カインは少し間を置いた。
「わかりました。いつにしますか」
「来週の水曜はどうですか」
「構いません」
「カインさんは、その日は休んでください。店に来ないで」
「わかりました」
エミリは真剣な顔だった。
「失敗するかもしれないですが、失敗しても自分で解決します。どうしようもないことが起きたら、連絡します」
「連絡先は知っています」
「では、当日は任せてください」
水曜、カインは部屋にいた。
午前中から、いつもより静かな時間を過ごした。
豆を挽く音がない。ランプを灯す匂いがない。ベルが鳴る音がない。
不思議な感覚だった。
でも、悪い感覚ではなかった。
夕方、エミリから短い手紙が届いた。
「今日は七人来ました。全員対応できました。コーヒーを五杯、紅茶を四杯、軽食を三人分出しました。一件だけ、ミルクを頼まれたのに最初砂糖を持っていきましたが、すぐ気づいて謝って、正しいものを持っていきました。閉店後の掃除も終わりました。明日、また来ます。エミリ」
カインはその手紙を読んで、しばらく窓の外を見た。
春の夕暮れが、王都を染めていた。
翌日、エミリが来た。
「どうでしたか、昨日」とカインが聞いた。
「緊張しました。でも、楽しかったです」
「楽しかった」
「うん。全部自分でやってみると、なんか、この店がどういうものかが、もう少しわかった気がして」
「どういうものだとわかりましたか」
エミリは少し考えた。
「場所、だと思った。コーヒーを出す場所じゃなくて、人が来ていい場所。その場所を作って守ることが、仕事なんだと」
カインは静かに言った。
「合格です」
エミリは目を見開いた。
「本当に?」
「本当に」
「やった」
エミリはガッツポーズをした。
カインはそれを見て、何も言わなかった。
でも、今日も、胸の中に温かいものがあった。




