春の夜の六人
四月の終わり、またあの夜のようなことが起きた。
アレンが来た。ミレイアが来た。ゼファーが来た。エルナが来た。シルヴィアが来た。
五人で五席。残り一席が空いていた。
そこに、ドグマが来た。
扉を開けて、他の客の気配を感じた。少し立ち止まった。
「……席は、ありますか」
「一席空いております」
ドグマは奥の席に座った。
六席、埋まった。
最初の冬に六人が揃ったあの夜と、人数は同じだった。でも、あの夜はドグマはいなかった。今夜は揃っている。
誰も誰かに声をかけなかった。
それぞれが、それぞれの飲み物を飲んだ。
アレンはコーヒーを飲みながら、原稿の続きを頭の中で考えていた。
ミレイアは目を閉じて、明日の弟子ルナとの稽古を思っていた。
ゼファーは第二巻の次の章の構成を、静かに頭の中で組み立てていた。
エルナはエリのことを考えていた。来週持っていく絵本を、もう選んであった。
シルヴィアは花屋の新しい品種を何にするか、考えていた。
ドグマはルーカスに明日教えることを、頭の中で整理していた。
六人が六つのことを考えながら、同じ空間にいた。
カインはカウンターで、全員のカップの状態を確認しながら、静かに動いていた。
誰かのカップが空になる前に、おかわりを持っていく。
誰も頼まなかったが、誰も断らなかった。
一時間ほどして、一人ずつ帰り始めた。
最後に残ったのはドグマだった。
「……ここに来るたびに、不思議に思う」
「何がですか」
「俺は、ここ以外の場所では、常に少し構えている。人間の目線を気にする。でもここでは、構えることを忘れる」
カインは静かに言った。
「ここでは、誰もあなたを特別扱いしないからだと思います。他のお客様と同じ客として、扱っています」
「それが、心地いいのか」
「そうではないですか」
ドグマはしばらく考えた。
「……そうかもしれない。魔族だから怖がられることにも、敬われることにも、もう慣れた。でも、ただの客として扱われることには、まだ慣れていない。慣れていないから、新鮮なのかもしれない」
「これからも、ただの客として扱います」
「頼む」
ドグマは代金を置いて、立ち上がった。
「良い夜だった」
「ありがとうございます」
大きな背中が扉を出た。
カインは一人になって、六つのカップを洗いながら、今夜のことを思った。
英雄と剣聖と魔術師と王女と花屋と元魔王軍副将が、同じ空間で、それぞれのことを考えていた。
三年前には想像もできなかった光景だった。
でも今夜は、ただの普通の夜だった。
それが、この店の答えだと思った。




