カエルの地図
カエルが地図を持ってきたのは、四月の晴れた午後だった。
大きな紙を広げて、テーブルに置いた。南の地域の、細かな地形が描かれていた。
「これが今回の成果です」
「見せてくださるのですか」
「見てほしくて」
カインはカウンターを出て、テーブルに近づいた。
地図を見た。精緻な線で、山と川と谷が描かれていた。小さな集落の名前が、几帳面な文字で書き込まれていた。
「細かいですね」
「一ヶ月かけて歩いた記録です。この川は、既存の地図では直線で描かれていましたが、実際には大きく蛇行していました」
「それを発見したのですか」
「発見というより、確認です。地元の人間はとっくに知っていることです。ただ、記録に残っていなかった」
カインはしばらく地図を見た。
「地図を作ることは、誰かの旅を助けることになるのですね」
「それが目的の一つです。この地図があれば、次にここを旅する人間は、遠回りをしなくていい」
「あなた自身が歩くことで、次の人の道ができる」
カエルはカインを見た。
「そういう言い方をしたことがなかったです。でも、そうですね。私の歩いた跡が、地図になって、次の誰かの道になる」
「良い仕事ですね」
「あなたの仕事も同じではないですか」
カインは少し間を置いた。
「そうでしょうか」
「ここに来た人が、少し楽になって帰る。その経験が、次に誰かと接するときの、その人の地図になるかもしれない」
カインはその言葉を受け取った。
「……測量士らしい見方をするのですね」
「地図を作っていると、全部がそう見えてくるので」
カエルは地図を丁寧に折りたたんだ。
「来月、また旅に出ます。北の方へ」
「また半年ほどですか」
「三ヶ月くらいで戻ってきます。王都に拠点を置くことにしました。以前は旅先に宿を取るだけでしたが、ここに帰る場所があると、旅の感覚が変わる気がして」
「ここに、というのは」
「王都に。そして、ここにも」
カインは静かに言った。
「お待ちしています」
カエルはコーヒーを飲み干した。
「北から戻ったら、最初にここに来ます」
「必ず開いています」
「良かった」
カエルは立ち上がった。
扉を開けながら振り返って言った。
「あなたの作ったものも、一種の地図だと思います。帰る場所の地図」
扉が閉まった。
カインはしばらく、その言葉を思った。
帰る場所の地図。
それがこの店だとしたら、この店はただのカフェではなく、地図でもあった。
豆を挽きながら、カインはその考えを静かに受け取った。




