エミリの選択
四月に入って、エミリが答えを出した。
「今年いっぱい、ここで続けます。来年からは、父の商会に入ります」
カインは黙って聞いた。
「でも、ここへは引き続き来ます。お客としてでもいいし、もし人手が必要なら手伝いに来ます」
「わかりました」
「あと、来年までの間に、一人でここを開けられるように、もっと練習したいです。いつかカインさんが休みたいときに、全部任せられるくらいに」
「それは頼もしいですね」
「一年、あれば十分だと思います。今よりずっと上達するはずなので」
エミリはコーヒーを淹れながら言った。
「寂しくないですか、カインさん。私がいなくなること」
カインは少し間を置いた。
「寂しいと思います」
エミリはカウンターで手を止めた。
「……珍しく、そういうことを言うんですね」
「本当のことなので」
「嬉しいような、なんか、複雑な気持ちです」
「どうして複雑ですか」
「寂しいって言ってもらえると嬉しいけど、寂しくさせてしまうことが、申し訳ないみたいな気持ちもあって」
カインはコーヒーのおかわりを持ってきた。
「申し訳なくはないです。エミリさんが自分で選んだことなので」
「でも、カインさんは寂しい」
「寂しいですが、それは良いことだと思います」
「なんで?」
「誰かがいなくなることを寂しいと思えるのは、その人がいたことが良かったということですから」
エミリはしばらく黙った。
「……それ、すごく良いことを言ってますね」
「本当のことです」
「ノートに書きます」
「そこまでしなくても」
「書きます。カインさんの良い言葉は、全部書いてあります」
カインは少し驚いた顔をした。
「全部?」
「全部。二冊目に入りました」
「そんなに」
「そんなに言ってます、良いことを。自分では気づいていないみたいですが」
カインはそれを聞いて、しばらく何も言わなかった。
エミリはコーヒーを仕上げた。
一杯目よりずっと良い出来だった。
「はい、カインさん。今日のベスト」
カインは受け取って、飲んだ。
「今日の最高です」
エミリはほとんど毎回、前回より良くなっていた。
一年後にはどこまで上達するか、カインには見当もつかなかった。
でも、見届けられることが、静かに楽しみだった。




