カインが語った夜
それは、珍しい夜だった。
シルヴィアが来て、コーヒーを頼んで、いつものように座っていた。
しばらく沈黙が続いた後、シルヴィアが言った。
「カイン、今夜は少し聞かせてほしい。あなたのことを」
「何を知りたいですか」
「ハウンド、というのは何ですか」
カインは手を止めた。
「どこで聞きましたか」
「レオンという男が、花屋に来た。一度だけ花を買って、帰り際に少しだけ話した。あなたの昔の仲間だと言っていた」
「そうですか」
「彼は何も悪いことは言っていない。ただ、あなたのことを、以前の仕事から知っている、と言っていた。ハウンドという組織の名前を出した」
カインはしばらく黙った。
シルヴィアは待っていた。
「……今夜は、少し話せるかもしれません」
「無理ならいい」
「いいえ。エミリも少し聞いていたし、ゼファー様も気づいていた。シルヴィアさんにも、話せる範囲で話しておきたい」
カインはコーヒーを一杯、自分のために淹れた。
「ハウンドは、王国の影で動く組織です。あなたが以前いた夜の枝と、目的は違いますが、性質は似ています」
「諜報か」
「暗殺もありました。ただ、標的は主に王国に害をなす者に限られていた。そこは、夜の枝とは違うかもしれません」
シルヴィアは静かに聞いていた。
「私は十八から二十九まで、そこにいました。十一年間」
「なぜ抜けた」
カインは少し間を置いた。
「ある仕事で、間違えました。標的を取り違えた。無実の人間を……」
カインはそこで止まった。
シルヴィアは何も言わなかった。
「それが、私の大きな失敗です。エミリに少し話したことがあります。取り違えた相手は、一人の商人でした。関係のない人間でした」
「……そうか」
「それから三ヶ月で、私は辞めた。その後の一年は、何もしないでいた。何かをする資格があるかどうか、わからなかったから」
「それでここを作った」
「作ろうと決めたのは、ある夜、宿の窓から路地を見ていたときです。一人の男が、路地の角に座っていた。疲れた顔をして、誰とも話さずに、ただそこにいた」
「それがきっかけ?」
「その人が何者かは知りません。でも、その人に、休める場所が必要だと思った。世界には、ただ静かにいられる場所が足りていないと思った」
シルヴィアはコーヒーを飲んだ。
「あなたが過去に何をしたかは、私には何も言えません。でも、今ここにあるものは、本物だと思います」
「そうですか」
「うん。本物かどうかは、嘘かどうかと同じで、私は敏感なので」
カインは少し間を置いた。
「……ありがとうございます」
「礼はいい。話してくれたことへの礼は、こちらが言うべきなので」
シルヴィアはハーブティーに切り替えた。
夜が深くなるまで、二人はほとんど話さなかった。
でも、それでいい夜だった。




