貿易商の新しい賭け
エドワードが来たのは、二月の初めだった。
書類を持っていなかった。
「今日は手ぶらで来ました」
「そうですか」
「前回、書類を持ってこないことにすると言いましたね」
「はい」
「やってみたら、落ち着かなくて。何もしないで座っているのが、これほど難しいとは思いませんでした」
「慣れていないのですね」
「生まれてから、何もしない時間をほとんど持ったことがないかもしれない」
エドワードは紅茶を頼んで、窓の外を見た。
「子供の頃から働いていました。商人の家に生まれて、十二の頃から親の手伝いをして、二十で独立して」
「ずっと、何かをしてきたのですね」
「止まると、負けるような気がしていた。競合に追い抜かれる、チャンスを逃す、何かが崩れていく、そういう恐怖が、ずっとあった」
「今も恐怖はありますか」
エドワードは少し考えた。
「……今日はない。ここに座っていると、その恐怖が薄くなる気がします」
「それは良かったです」
「なぜだと思いますか」
カインはしばらく考えてから答えた。
「ここでは、何もしなくていいからではないでしょうか。書類を持ってきても、持ってこなくても、コーヒーを飲むだけでいい場所です。成果を求めない場所にいると、成果を求めている恐怖も、少し休めるのかもしれません」
エドワードはその言葉を反芻した。
「成果を求めない場所……三十年間、探していたものかもしれない」
「ここにありました」
エドワードは少し笑った。
「ありますね」
紅茶を飲みながら、エドワードは言った。
「実は今、新しいことを始めようと思っています」
「どんなことですか」
「小さな商会を一つ、若い者に譲ろうと思っています。資金だけ出して、経営は任せる。若い頃の自分のように、何もないところから始める者を、支援したい」
「それは、古い友人の言葉がきっかけですか」
「半分は。もう半分は、ここに来て、立ち止まることを少し覚えたからです。立ち止まると、見えることがある」
「何が見えましたか」
「自分がかつて怖かったことと、今の若者が怖いことは、同じだということです。それを知っている自分が、少し手を差し伸べられるかもしれない」
カインは静かに言った。
「それは良いことだと思います」
「あなたがそう言うと、本当にそうだと思えます。不思議ですね」
「過剰に喜ばないからですか」
「そうかもしれません。それと……あなたが、見返りを求めていないように見えるから」
カインは少し間を置いた。
「見返りは、お客様がここに来てくださることです」
「それは見返りというより、贈り物だと思いますが」
「そうかもしれません」
エドワードは紅茶を飲み干した。
今日は書類がない分、少しだけ長く座っていた。
何もしない時間の、最初の練習だった。




