エミリの失敗
エミリがコーヒーを失敗したのは、一月の寒い朝だった。
お客様に出す前にカインが飲んで止めた、ということではなく、自分で飲んでみて首を傾げた。
「……変です」
「どこが変ですか」
「なんか、薄い。でも粉の量は正しかったはずで」
カインは淹れたコーヒーを少し飲んだ。
「湯温が低かったと思います」
「あ」
「寒い朝は、ポットが冷えているので、一度湯を捨ててから本番の湯を沸かす必要があります」
「それを忘れてました」
「はい」
エミリはしばらく黙った。
「……お客様に出す前に気づいて良かったですが、でも、こういうことって、また起きますよね」
「起きます」
「起きたとき、どうすればいいですか」
「正直に言って、淹れ直します」
「そんなに簡単に?」
「失敗を隠すより、正直に言った方が、お客様も店への信頼を失わないと思います」
エミリは少し考えた。
「失敗を認めることの方が、信頼につながるんですね」
「そう思います」
「カインさんは失敗したことありますか」
「あります」
「コーヒーで?」
「コーヒーでも、それ以外でも」
「それ以外の失敗って、どんな?」
カインは少し間を置いた。
「今はあまり話せることがないですが……大きな失敗をしたことがあります。それがあって、今ここにいます」
エミリはカインを見た。
「大きな失敗のおかげで、ここを作ったんですか」
「おかげ、と言えるかどうかわかりません。でも、あの失敗がなければ、ここを作ろうとは思わなかったかもしれない」
エミリはしばらく考えた。
「失敗がここに繋がったんですね。じゃあ私の今日の失敗も、何かに繋がるかな」
「繋がると思います。ポットを温めることを忘れない、ということは、今日覚えました」
「確かに。今日の失敗は、もうしないです」
エミリはもう一度、丁寧にコーヒーを淹れた。
今度はポットを温めてから。
出来上がりを飲んだ。
「良くなりました」
「はい。さっきより全然良いです」
エミリは少し安心した顔をした。
「カインさん、失敗のこと、もう少し聞いていいですか。いつか」
「いつか、話せることが増えたら話します」
「わかりました。急がないです」
エミリはカップを洗い始めた。
「でも、カインさんのこと、もっと知りたいと思ってます。なんか、知れば知るほど、わからなくなる人なので」
「そうですか」
「うん。でも、それがまた面白くて」
カインはそれを聞いて、何も言わなかった。
でも、エミリには見えなかったが、その顔がほんの少し、緩んでいた。




